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第89話 三人の力


薬草園を発って三日。一行は中規模都市ヴァルナに到着した。


人口は三万ほど。街道の交差点に位置し商業で栄えた街だ。だがユアンたちが門をくぐった瞬間、その活気に影が差しているのを感じた。市場は開いているが人々の表情は暗い。広場には貼り紙が何枚も貼られている。


「ユアン。あれを見て」


エルナが指さした先、広場の掲示板には「水道管破裂により市内の水が汚染」「疫病発生の疑い」「聖教会の治療院閉鎖」という文字が並んでいる。


「疫病」


ルーチェが息を呑んだ。聖属性感知を広げる。


「先生。この街、確かに病の気配があります。それも一人や二人じゃない。少なくとも数十人。広範囲に及んでいます」


「にゃー。水が汚れてるにゃ。あたしの鼻でもわかる。川の水が変にゃ」


ユアンは頷いた。だが今回は自分が前に出るだけでは解決しない。三人の力を最大限に活かす必要がある。


「エルナ。ルーチェ。フィア。今回は役割を分けよう」


「役割」


「まずフィア。水道管の破損場所を特定してくれ。お前の鼻と耳なら、地下の異常もわかるはずだ」


「任せるにゃ。地下水路を全部調べてくるにゃ」


「エルナ。水を浄化する方法を考えてくれ。氷魔法で不純物を分離できるか」


「できるわ。水を凍らせる時に不純物を排除する方法がある。大規模にやるなら装置が必要だけど、応急処置なら私一人でもできる」


「ルーチェ。疫病の原因と感染経路を特定してくれ。聖属性感知で病の広がりを追ってほしい」


「わかりました。それと先生。私は患者の方も診たいです。感染を広げないように注意しながら」


「ああ。ただし無理はするな。お前の安全が最優先だ」


「はい」


ユアンは三人を見送った。自分は街の代表者のもとへ向かう。ヴァルナの市長は疲れ切った顔でユアンを迎えた。


「ユアン様。ようこそ。ですが今のこの街は、あなたを歓迎できる状態ではありません」


「わかっています。だから来たんです。まず状況を教えてください」


「三週間前、地下水路が破裂しました。汚染された水が井戸に流れ込み、それを飲んだ市民が次々と倒れました。聖教会の治療院は閉鎖され、医師もいません。私たちだけでは手が足りず」


「もう大丈夫です。俺たちがなんとかします」


「ですがユアン様だけでは」


「俺一人じゃありません。仲間が三人います。それぞれが専門を持っています。市長、俺たちにこの街を救わせてください」


「……頼む」


市長は深く頭を下げた。


フィアは地下水路に潜っていた。


猫の姿で狭い通路を進み、鼻を頼りに異常を探す。汚染は広範囲に及んでいるが、最も臭いが強い場所がある。辿っていくと、市の北東、古い工場の地下で大量の水が噴き出している箇所を発見した。


「にゃー。ここにゃ。ここが一番ひどいにゃ」


フィアは地上に戻り、エルナに報告した。エルナはすぐに現場へ向かう。


「フィア。よく見つけたわ。ここを塞げば汚染は止まる。でも浄化も同時にしないと」


「エルナ、できるにゃ」


「やってみせるわ」


エルナは地下水路全体に氷魔法を展開した。水を凍らせ、不純物を分離し、浄化された水だけを融かして流す。広範囲に及ぶ魔法制御。だが彼女はそれを成し遂げた。冷気が地下を満たし、汚染された水が透明になっていく。


「……すごい。エルナ、すごいにゃ」


「まだ終わってない。この浄化を維持する装置を作らないと。フィア、工事の人を呼んできて」


「わかったにゃ」


フィアが駆け出した。その足は速く、正確だった。


ルーチェは街の診療所を回っていた。


感染の広がりを聖属性感知で追い、患者を特定する。病は水を介して広がっている。飲料水を断てば新規感染は止まる。だが既に感染した人々を治さねばならない。


「ルーチェさん。この子、熱が下がりません」


「見せてください」


ルーチェは子供の額に手を当てた。聖属性の光が子供を包む。病の原因を特定し、浄化する。


「――《慈愛の聖光》」


金色の光が子供の体内の病を優しく包み込んだ。熱が引き、呼吸が楽になる。


「……お母さん。楽になった」


「ありがとうございます。ルーチェさん」


「まだ他の患者さんがいます。お母さんも一緒に来てください。感染の疑いがあります」


ルーチェは効率的に患者を診ていった。彼女の聖属性医療は、ユアンの《完全回復》ほど劇的ではない。だが、確実に、一人ひとりを救っていた。その姿は、かつて毒沼で泣いていた聖女見習いとは思えないほど、頼もしかった。


夕暮れ、三人は広場に集合した。


「フィア。破損箇所は全部塞いだにゃ。全部で七箇所だったにゃ」


「エルナ。浄化装置は設置したわ。これで水は安全。あとは市民に知らせるだけ」


「ルーチェ。感染者は全員治しました。新規感染も止まっています。あとは市民の不安を解消するだけ」


「みんな、よくやった」


ユアンが歩み寄った。三人の報告を聞き、深く頷く。


「俺は市長と相談して、緊急の医療派遣制度をこの街でも始めることにした。これで今後同じことが起きてもすぐに対応できる」


「ユアンがそれを」


「うん。でも今回の主役はお前たちだ。エルナの氷魔法がなければ水は浄化できなかった。ルーチェの聖属性医療がなければ感染者は救えなかった。フィアの潜入がなければ破損箇所は見つからなかった。俺は調整をしていただけだ」


「そんなことないにゃ。ユアンが役割をくれたから、あたしたちは動けたにゃ」


「フィアの言う通りよ。あなたが指示を出してくれたから、私たちは迷わず動けた。あなたが支えてくれたから、全力を出せた」


「先生。私、今日、自分が成長できた気がします。先生に教わったことを、自分の力で使えた。それが嬉しいです」


「みんな」


ユアンは三人を見渡した。エルナは汗をぬぐいながら微笑み、ルーチェは聖印を握りしめ、フィアは尻尾を振っている。三人とも、誇らしげな顔をしていた。


「今日は、お前たちに救われた。この街も、俺も」


「ユアンが救われた?」


「ああ。俺は回復しかできない。でもお前たちは違う。氷魔法で水を浄化し、聖属性で病を癒やし、隠密で問題の元を断つ。俺にできないことをやってのける。それが、誇らしいんだ」


「ユアン……」


「これからも、頼りにしてる。俺の自慢の仲間たち」


三人は照れくさそうに笑った。夕日が広場を茜色に染めている。街の人々が次々とユアンたちのもとへやってきて、感謝の言葉を述べた。


「ユアン様。ありがとうございます」


「俺じゃないんです。この三人が救ったんです」


「でもあなたが彼女たちを導いたのでしょう」


「まあ。そうかもしれませんが」


ユアンは照れくさそうに頭をかいた。エルナがそんなユアンの腕をそっとつつく。


「ねえユアン。今夜はこの街の宿でゆっくりしましょう。私たち、少し疲れたわ」


「そうだな。そうしよう」


「にゃー。この街の名物を食べるにゃ」


「フィアさん。まずはちゃんと報告をまとめてからにしましょう」


「ルーチェは真面目にゃ」


四人は笑いながら宿へ向かった。その夜、ユアンは三人の成長を噛みしめていた。自分一人では何もできない。でも仲間がいれば、どんな問題も乗り越えられる。その確信が、ユアンの胸の奥に、静かな自信となって積み重なっていく。


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