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第87話 道中の癒やし


孤児院を発ったのは朝も早かった。


子供たちが門の前に並んで手を振っている。ミアはもう走れるようになっていた。ユアンは馬車の窓から手を振り返した。マーガレットが深々と頭を下げている。その姿が見えなくなるまでユアンは手を振り続けた。


「寂しいにゃ」


フィアがぽつりと言った。エルナもルーチェも窓の外を見ている。


「また来よう。孤児院の支援制度が整ったら真っ先にここに届ける」


「そうね。約束よ」


「はい。私もまた来たいです」


「うん。絶対に来る」


ユアンは三人の言葉にうなずいた。馬車は湖沿いの道を進む。今日の予定は隣の領地にある薬草園の視察だった。ベリルが組んだルートでは夕方までに着くはずだった。だがその途中で馬車が急に止まった。


「どうした」


御者が振り返って言う。


「旦那様。道の先で人が倒れてます。数は三人。荷車もひっくり返ってます」


ユアンはすぐに馬車を降りた。エルナとルーチェも続く。フィアはすでに前方へ飛び出していた。


「にゃー! 荷車が横倒しになってるにゃ! 誰か下敷きになってるにゃ!」


ユアンは走った。道の真ん中で荷車が横転し荷物が散乱している。その下から人の脚が見えていた。近くには二人の女性が倒れている。旅の商人だろうか。


「フィア。荷物をどかせるか」


「無理にゃ。重すぎるにゃ。エルナ、氷で持ち上げられるにゃ」


「やってみるわ」


エルナが詠唱する。床から氷の柱が伸びて荷車を持ち上げた。ユアンは下敷きになっていた男性を引き出した。中年の商人だ。意識はない。足が不自然な方向に曲がっている。骨折だ。すぐに《全快癒光》を発動させた。光が商人の全身を包み骨が元に戻り内出血が消えていく。


「……う。ここは」


「動かないでください。まだ完全じゃない」


ユアンは商人の身体を詳しく診た。折れた骨は治ったが内臓に損傷がある。もう一度光を当てる。今度は完全に治った。


「あなたは。まさかユアン様」


「はい。ユアンです。大丈夫ですよ」


商人は涙を流した。


「助かった。本当に助かった。私は商人のロルフと言います。この先の村へ薬草を運んでいたのですが盗賊に襲われて」


「盗賊」


「はい。荷車を奪おうとしたんです。逃げようとしたら馬が驚いて横転して。妻と娘も一緒に」


ユアンは振り返った。倒れている二人の女性。ルーチェがすでに駆け寄っていた。


「先生。この方は打ち身と切り傷だけです。すぐに治せます」


「頼む」


ルーチェが《慈愛の聖光》を放つ。金色の光が二人を包み傷が消えていく。ロルフの妻と娘が目を覚ました。


「お父さん」「あなた」


「ああ。助かったんだ。このユアン様が」


「ユアン様。ありがとうございます」


「礼はいいです。それより盗賊はどっちへ」


「北の森の方へ。馬で逃げていきました。荷物の半分を奪われて」


「エルナ。フィア。追えるか」


「任せるにゃ。足跡を追うにゃ」


「私も行くわ。盗賊がまた別の人を襲うかもしれない」


「ルーチェはロルフさんたちを守ってくれ。テオバルトさんも」


「わかった」


「お気をつけて」


ユアンとエルナとフィアは北の森へ走った。フィアの鼻が足跡を追う。五分ほどで森の奥に馬と荷物を発見した。盗賊は三人。焚き火をしながら奪った荷物を調べている。


「にゃー。いたにゃ。三人にゃ」


「どうするユアン」


「話し合いで済ませたい。でも向こうが刃物を向けるなら」


「わかってるわ」


三人は盗賊の前に歩み出た。盗賊たちが飛び上がって武器を構える。


「誰だ!」


「リリスノア特別顧問ユアンだ。その荷物はさっき襲った商人のものだな。返してほしい」


「ユアン。あのユアンか。だが断る。これは俺たちの糧だ。あんたに何がわかる」


「わからないさ。でもな。その荷物の持ち主は怪我をしていた。今は治した。だがお前たちが襲わなければ誰も傷つかなかった」


「うるさい。俺たちは貧しいんだ。働き口もない。盗むしか生きる道がない」


「なら盗まなくていい道を一緒に考えよう」


「なに」


盗賊の一人が嘲笑した。


「綺麗事を。そんなの信じられるか」


「信じなくていい。でも一度だけ話を聞いてくれないか」


ユアンは一歩前に出た。盗賊たちが身構える。だがユアンは武器を取らない。


「――《状態異常解除》」


銀色の光が盗賊たちを包む。彼らが身にまとっていた殺気や緊張がほどけていく。手から自然と武器が落ちた。


「な。なにをした」


「あなたたちの心の傷を癒やしただけだ。貧しさへの焦り憎しみ。そういうものが少しだけ軽くなったはずだ」


盗賊たちは呆然とした。一人がぽつりとこぼす。


「……本当だ。なんだか、すごく、落ち着く」


「三人とも。君たちが本当は何をしたかったのか話してくれないか」


盗賊たちは顔を見合わせた。やがてリーダー格の男が口を開いた。


「……俺たちは元々この森の村の住人だった。だが聖教会が撤退してから仕事がなくなった。村は貧しくなり若者は出ていった。俺たちも食えなくなって」


「だから盗賊に」


「ああ。でも本当は違う。俺は鍛冶屋だった。こいつは農夫。そっちは猟師。三人で何か始めたかった。でも金がなくて」


ユアンは三人の前にしゃがんだ。


「ならリリスノアに来い。俺の城で働け。鍛冶屋も農夫も猟師も必要だ。給金も出す。住む場所も用意する。どうだ」


「そんな。俺たちは人を襲ったんだぞ」


「その罪はちゃんと償ってもらう。でもそれ以上にこれから何ができるかの方が大事だ。違うか」


盗賊たちは黙り込んだ。やがてリーダーが涙を流して頭を下げた。


「……あんたは。あんたは本物の救世主だ」


「俺はただの回復術師だ。さ、荷物を戻そう。ロルフさんが待ってる」


三人は荷物を荷車に戻しユアンたちと共に街道へ戻った。ロルフは盗賊を見て身を固くしたがユアンが事情を話すと信じてくれた。


「この者たちも連れて行く。リリスノアで働かせる。ロルフさんもこれからは安全に商売できるように警備の仕組みを考える」


「ユアン様。何から何まで」


「困った時はお互い様です」


ロルフ一家と盗賊たちを村まで送り届けた後ユアンたちは予定より三時間遅れて薬草園に到着した。だが誰も文句を言わなかった。


「予定外だったけどいい仕事したわね」


「にゃー。ユアンはどこでも誰でも助けるにゃ」


「先生らしいです」


「お前たちがいてくれたからだよ」


ユアンは三人を見た。エルナが微笑みルーチェがうなずきフィアが尻尾を振っている。この旅はまだまだ続く。予定通りにいかないことばかりだ。でもそれも悪くない。そう思えた。


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