第84話 制度という癒やし
ロアンヌの一件から三日後。ユアンたちは巡回を切り上げてリリスノアへ戻った。
玉座の間にはリリスを筆頭に四天王が全員揃っていた。ベリル、ゼクス、ゲンマ、ドルガ。それにテオバルトとバルザックも同席している。緊急の会議だった。
「――で。偽ユアンがどれくらい出てるんだ」
ドルガが太い腕を組みながら尋ねる。ゲンマが仮面の奥から静かに答えた。
「確認できているだけで十七件。ロアンヌの偽診療所、ガルムの偽薬草販売、イストリアの偽祈祷師。それに聖教会の残党が絡んでいる案件も三件。すべてユアン殿の名前を使い人々から金を取っている」
「十七件も……」
ユアンは拳を握った。エルナがその手にそっと触れる。
「数はこれから増えるわ。聖教会が医療を担えなくなった地域はまだまだある。そこにユアンの名前だけが独り歩きしている」
「だからこそ制度だ」
ベリルが羊皮紙を広げた。そこにはびっしりと文字が書かれている。この三日間でベリルが寝る間も惜しんでまとめた案だった。
「リリスノア医療派遣制度。簡単に言えばユアンの癒やしを全国各地に届ける仕組みだ。ただしユアン一人では限界がある。だから二段構えにする」
「二段構え」
「まず第一段。各地方にリリスノア公認の診療所を設置する。そこにはユアンが直接育てた医療スタッフを配置する。彼らはユアンほどではないが基本的な回復魔法と薬草学を学んでいる。それで十分多くの患者を救える」
「なるほど」
「第二段。ユアン自身は定期的に各地を巡回する。ただし事前にルートを公開しリリスノアの公式発表として行う。偽物が出る余地をなくすためだ」
ベリルはそこで一度言葉を切りユアンを見た。
「問題は金だ。診療所の設置運営スタッフの給与薬草の調達。すべてタダではできない。だが患者からは金を取らない。リリスノアの理念に反するからな」
「じゃあどうするんだ」
「各国からの支援だ。イストリア、ガルム、ガンドリア、セレンディア。すでに同盟を結んだ国々に医療支援金を出してもらう。それに見返りとして医療スタッフの派遣と技術提供を行う。お互いの利益になる」
「うまくいくのか」
「やるんだよ。ユアン。お前が地方で癒やし続ける限りこの制度は必要だ。だからお前は当分地方を回れ。制度の整備は私とゲンマで進める」
ベリルの言葉は有無を言わさなかった。ユアンは深く考えた。自分が地方を回ることで多くの人が救われる。それは間違いない。でもその間リリスノアの医療区画はどうなる。エルナが口を開いた。
「ベリル様。医療区画のことは私とルーチェに任せてください。私たちはユアンから直接学んだ者です。私たちが留守を守ります」
「エルナ。お前は魔法医療顧問だな。だがお前もユアンと共に地方を回れ。ルーチェもだ。フィアも。ユアン一人では危険すぎるし何よりお前たちが支えなければユアンは倒れる」
「でも医療区画は」
「ルーチェが育成したスタッフがいる。それにバルザックが食事面で支えてくれる。テオバルトも時々見回ってくれる。問題ない」
リリスが口を開いた。
「ユアン。そなたは前にも言ったな。自分はただの回復術師だと。ならばその回復術師としての役割を全うせよ。地方を巡り人を癒やせ。制度は我とベリルに任せよ。これは命令だ」
「……わかりました。リリス様」
「うむ。それからエルナ。ルーチェ。フィア。そなたたちもユアンと共に地方を回れ。ユアンを支えよ。そして自分の目で世界を見よ。それがお前たちの成長にも繋がる」
「「「御意」」」
ゼクスが静かに言った。
「護衛は俺が手配する。少人数で動くならなおさら警戒を怠るな」
「ありがとうゼクス。頼む」
ドルガが笑いながら言った。
「俺は各国との交渉役を引き受けるぞ。軍事畑の俺だが医療支援の話なら力になれる。なにせユアンの癒やしには俺も世話になったからな」
「ドルガさん」
「気にするな。仲間だろ」
ゲンマが仮面の奥で静かに言った。
「私は偽ユアンの摘発と情報網の拡充を進める。ユアン殿の名前を騙る者は見つけ次第報告する。どう処すかはユアン殿に任せる」
「ありがとうゲンマさん。でも摘発するだけじゃなくその人たちも助けたい。彼らも追い詰められた結果だ」
「……わかった。その方針で進める」
会議は深夜まで及んだ。医療派遣制度の詳細、各国への支援要請の文面、巡回ルートの再編成。ベリルが次々と指示を出しゲンマが情報を補足する。ドルガが実務的な問題点を指摘しゼクスが護衛計画を詰める。ユアンはその様子を見ながら思った。自分は一人ではない。この城にはこれだけの仲間がいる。自分が地方を回っている間も彼らがリリスノアを支えてくれる。そして自分が戻る場所がある。
「ユアン」
会議が終わりリリスが近づいてきた。
「疲れた顔をしているな」
「少しだけ。でも大丈夫です」
「無理はするな。お前は明日からまた地方を回るのだろう。少しは休め。それからエルナたちを大切にしろ。彼女たちはお前のためならどこまでもついていく。それがどれほどのことか忘れるな」
「はい。リリス様」
「よし。では今夜はゆっくり休め。明日の朝バルザックが弁当を持たせてくれる。いつものことだがな」
リリスはそう言って静かに去っていった。ユアンは玉座の間を出て自室へ向かう。廊下の途中エルナとルーチェとフィアが待っていた。
「ユアン。ちゃんと休んでる」
「先生。お疲れさまでした」
「にゃー。ユアンまた無理してるにゃ。あたしが一緒に寝るにゃ」
「フィアそれはやめろ」
「にゃー。でもユアンが寂しくないように添い寝くらいするにゃ」
「大丈夫だから。それよりみんな明日からまた地方だ。今夜はしっかり寝よう」
三人は顔を見合わせて笑った。そしてそれぞれの部屋に戻っていく。ユアンも自室の寝台に横たわった。天井を見つめながら思う。制度という癒やし。それは魔法ではない。でも多くの人を救える。自分が作ったわけではない。リリスがベリルがゲンマがドルガがゼクスが考えた。自分はただその中で癒やし続けるだけだ。それでいい。それが自分の役割だから。
翌朝ユアンたちは再び旅立った。見送りにはリリスもベリルも四天王もバルザックも来てくれた。エルナがユアンの隣で言った。
「ねえユアン。これからもずっとこんなふうにみんなで旅するのかしら」
「そうだな。しばらくは続くだろうな」
「大変だけど楽しいわ」
「ああ。俺もそう思う」
ルーチェが後ろから声をかける。
「先生。次の巡回先はどこなんですか」
「北の小さな村だ。温泉があるらしいから楽しみだな」
「にゃー。温泉。あたし温泉好きにゃ。ユアンと一緒に入るにゃ」
「だからそれはやめろ」
フィアの頭を軽く叩きながらユアンは笑った。空はどこまでも青い。道はどこまでも続く。でもユアンの足取りは軽かった。隣には仲間がいる。後ろには帰る場所がある。それだけで前に進める。そういうものだった。




