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第79話 巡回の癒やし手


セレンディア王国との同盟から、一週間。


リリスノアの医療区画は、以前にも増して、大勢の患者で賑わっていた。だが、その一方で、ベリルの執務室には、ある種の報告書が、山積みになっていた。


「――ユアン。お前には、新たな任務を命じる」


ある朝、玉座の間に呼び出されたユアンは、リリスから、一枚の羊皮紙を手渡された。


「新たな任務?」

「ああ。……お前の癒やしを求める声は、今や、大陸全土に届いている。だが、全員が、リリスノアまで来られるわけではない。病で動けない者、貧しくて旅費がない者、国境の壁に阻まれた者。……そういう者たちを、お前が、直接、訪ねて癒やしてこい」


「なるほど。巡回、ですか」

「そうだ。各地を巡り、癒やしを届ける。同時に、リリスノアの理念を、広めることにもなる。……期間は、二ヶ月。行く先は、まず、イストリア王国、ガルム騎士王国、ガンドリア王国。それから、周辺の小国を、いくつか。ルートは、ベリルが組んでいる」


「……二ヶ月、ですか。けっこう、長いですね」

「その間、医療区画は、ルーチェとエルナに任せる。フィアは、お前の護衛だ。……それから、テオバルトが、同行を申し出ている。老体だが、お前の旅の助けになるだろう」


「テオバルトさんが。……心強いです」


ユアンは、羊皮紙を、じっと見つめた。各地の村や町の名前が、びっしりと書き込まれている。その一つ一つに、癒やしを待つ人がいる。ユアンは、その想いを、胸に刻んだ。


「リリス様。必ず、行ってきます。……全部、回って、みんなを、癒やしてきます」

「うむ。……無理は、するなよ。お前は、一人で、すべてを背負おうとするからな」

「わかってます。……でも、今回は、仲間がいますから」


ユアンは、そう言って、笑った。リリスは、その笑顔に、少しだけ、安心したように、うなずいた。


最初の訪問先は、イストリア王国の、とある小さな村だった。


山間の村は、人口こそ少ないが、聖教会の教会堂があり、これまで、そこで治療を受けてきた。だが、聖魔法の衰えにより、教会の治療院は、事実上、機能していない。村人たちは、ユアンの訪れを、今か今かと待ち望んでいた。


「よく来てくれた、ユアン様!」


村長が、涙を流して、ユアンを迎えた。ユアンは、すぐに、村の広場に、臨時の診療所を開いた。エルナが、氷魔法で、清潔な水と、冷たい飲み物を用意する。ルーチェは、聖属性感知で、患者の症状を、いち早く見極める。フィアは、村の子供たちを集めて、診療所の順番を、楽しく整理した。テオバルトは、村の古老たちと、昔話をしながら、彼らの不安を、静かに取り除いていく。


「――《領域修復》」


ユアンの光が、村全体を包み込む。怪我をした農夫が立ち上がり、長年の腰痛に悩む老婆が、涙を流し、病の子供が、笑顔を取り戻す。診療所は、たちまち、歓喜と、感謝の声に、包まれた。


「ユアン様……! あなたは、本当に、救世主だ……!」

「いや、俺は、ただの回復術師です。……でも、みんなが元気になって、本当に、よかった」


ユアンは、村人たちと、固い握手を交わし、次の村へと、向かった。


ガルム騎士王国では、退役した騎士たちが、ユアンを待っていた。


かつての戦いで、深い傷を負い、聖魔法でも、治らなかった者たち。ユアンは、彼らの前に、一人ひとり、膝をつき、手を取った。


「……よく、来てくれた。俺は、もう、剣を握ることも、歩くことも、ままならなかった。……それが、こんなに、軽くなるとは」


「あなたの、その傷は、勲章です。……これからは、その身体で、家族や、仲間を、守ってあげてください」


「ああ……! ありがとう、ユアン殿……!」


ガンドリア王国では、孤児院を訪ねた。聖教会の失墜により、孤児たちの世話をする司祭たちも、聖属性の力を使えなくなっていた。ユアンは、子供たち一人ひとりの、心の傷までも、癒やしていった。


「先生。この子たち、とても、寂しそうでした。……でも、先生の光に触れて、笑顔になりましたね」

「ああ。……ルーチェ。お前の聖光も、子供たちの心を、温めた。お前が、祈ってくれたからだ」


「私、嬉しいです。先生と一緒に、誰かを癒やせるの。……これが、私の、本当に、やりたかったことです」


「……俺もだよ。ルーチェ」


二ヶ月の旅は、あっという間だった。


ユアンたちは、大小合わせて、三十を超える村や町を訪れ、そのすべてで、癒やしを届けた。エルナは、各地の魔導書を集め、新しい医療魔法の研究を進めた。ルーチェは、病院や孤児院を回り、聖属性医療の、新たな形を、模索した。フィアは、それぞれの土地の、美味しいものを、たくさん見つけた。テオバルトは、道中、ユアンに、かつての旅の話を、たくさん聞かせてくれた。


そして、リリスノアに戻る頃には、大陸中の人々の間で、ユアンの名前は、もはや、伝説となっていた。だが、ユアン自身は、そのことを、まったく、気にしていなかった。彼にとって、大切なのは、ただ、目の前の人を、癒やすこと。それだけだった。


「――ただいま、戻りました」


魔王城の門前で、ユアンは、リリスに、そう報告した。リリスは、ユアンの顔を見て、少しだけ、驚いたように、目を細めた。


「……少し、日焼けしたな」

「え、そうですか?」

「ああ。……元気そうで、何よりだ」


リリスは、そう言って、ユアンを、城の中へと招き入れた。医療区画は、ユアンが留守の間、エルナとルーチェが、完璧に切り盛りしていた。スタッフたちの顔も、生き生きとしている。厨房では、バルザックが、相変わらず、元気に、大鍋を振るっていた。


「ユアン! おかえりにゃ! あたし、ずっと、待ってたにゃ!」

「フィア、ただいま。お前、ちゃんと、保安の仕事、してたか?」

「もちろんにゃ! ユアンのいない間、城の警備は、完璧だったにゃ!」

「ふふ。フィアさん、ユアン先生がいない間、少し、寂しそうでしたよ」

「ルーチェ! それは、言わない約束にゃ!」

「約束なんて、してませんよ」


三人の、いつもの掛け合いが、ユアンの心に、染み渡る。エルナも、駆け寄ってきて、ユアンの腕に、そっと触れた。


「ユアン。おかえり。……旅の間、ちゃんと、ご飯、食べてた?」

「ああ。テオバルトさんが、うまい料理を、たくさん、作ってくれた」

「それは、よかった。……でも、今日は、私が、何か、作るわ。あなたの、好きなものを」

「エルナの料理、久しぶりだな」

「ふふ。腕を、上げたのよ。旅の間、あなたの、味噌汁の作り方、思い出しながら、練習してたから」


「……ありがとう。楽しみにしてる」


ユアンは、三人に囲まれ、玉座の間を後にする。リリスの、『大切にしろ』という忠告が、胸に蘇る。二ヶ月の旅で、ユアンは、改めて、彼女たちの存在の大きさを、実感していた。離れてみて、わかった。自分は、彼女たちに、支えられている。彼女たちがいるから、自分は、誰かを、癒やし続けられる。


(……そろそろ、答えを、出さないと、いけないな)


ユアンは、心の中で、静かに、そう思った。三人の、それぞれの想い。どれも、本物だ。ならば、自分も、本物の答えを、返さなければならない。いつになるかは、わからない。だが、逃げずに、向き合うと、決めた。


その夜、ユアンは、三人と、テオバルトと、バルザックと、そして、リリスと、一緒に、晩餐を囲んだ。食卓には、ユアンの好きな、オムライスが、並んでいた。エルナが、ルーチェが、フィアが、それぞれ、手料理を、持ち寄った。それは、二ヶ月分の、感謝と、想いが、詰まった、温かい食卓だった。


「……みんな、ありがとう。ただいま」


ユアンは、そう言って、笑った。その笑顔は、かつて、雨の夜に、追放された、あの日の少年とは、まるで、別人のようだった。


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