第78話 帰還と忠告
セレンディア王国との同盟締結は、驚くほど迅速に進んだ。
エレオノーラの完治を目の当たりにした侯爵が、国王を説得。国王は、リリスノアの理念とユアンの癒やしの力に深く感銘を受け、即日のうちに同盟の調印が行われた。聖教会の残党は、侯爵の計らいで、国外へと穏便に退去させられた。彼らの中には、リリスノアに移り住みたいと申し出る者もいた。
帰路につく頃には、セレンディアの街の空気は、驚くほど変わっていた。市場には活気が戻り、人々の表情も明るい。ユアンたちが王都を発つ時、エレオノーラが、窓から手を振って見送ってくれた。彼女の笑顔は、十五年分の想いが溢れるほど、眩しかった。
「……よかったにゃ。エレオノーラちゃん、元気そうで」
「本当ね。あの笑顔を見たら、私たちがやってきたこと、間違ってなかったって思えるわ」
「先生。私、また一つ、勉強になりました。病は、身体だけじゃなく、魂の奥深くに巣食うことがあるんですね」
「ああ。ルーチェ。お前の聖属性感知が、あの『寂しい誰か』を見つけてくれたから、俺も対処できた。……ありがとう」
ユアンは、三人の仲間に、心から感謝した。今回は、一人では到底成し遂げられなかった。エルナの機転、ルーチェの感知、フィアの潜入。そして、セレスティア王女の勇気。みんなの力が、セレンディアを救った。
魔王城に戻ると、リリス直々の出迎えがあった。
「――よく戻った、ユアン」
玉座の間で、リリスは、ユアンたちを、まっすぐに見つめた。その紅玉の瞳には、確かな労いの色がある。
「セレンディア王国との同盟、見事であった。たった四人で、一国を救い、戦わずして同盟を結ぶとは。……ベリルから報告を受けた時、我は、我が耳を疑ったぞ」
「リリス様。今回は、俺一人の力じゃありません。エルナも、ルーチェも、フィアも、それにセレスティア王女も。みんなが、力を合わせた結果です」
「うむ。それは、わかっている。……だがな、ユアン。お前が中心にいたからこそ、彼らは力を発揮できた。お前の癒やしが、道を開いた。それは、紛れもない事実だ」
リリスは、玉座から降り、ユアンの前に立った。そして、そっと、彼の胸元に手を置いた。
「……お前は、今回も、誰かを傷つけることなく、勝った。戦わずして、勝った。それは、我が魔王軍が、三百年かけて成し遂げられなかったことだ。……お前は、本当に、すごい男だな」
「リリス様……。俺は、ただの回復術師です。戦う力も、政治の力も、何もない。ただ、人の痛みを、癒やせるだけの」
「その『ただ』が、どれほどのものか。……お前は、まだ、自分の価値を、わかっていないな」
リリスは、小さく笑った。それから、ふと、表情を改め、真剣な声で言った。
「ユアン。一つだけ、聞いておきたい。……お前は、これからも、ずっと、誰かを癒やし続けるつもりか」
「はい。それが、俺の生きる意味ですから」
「……そうか。ならば、それでいい。だが、忘れるな。お前自身も、癒やされる必要がある。……今回、セレンディアで、お前は、エルナたちに支えられたな」
「え……はい。それは、本当に助かりました」
「あの三人は、お前にとって、単なる仲間ではない。……違うか」
「……それは、その、まだ、答えは出せていませんが。でも、三人とも、俺にとって、大切な存在です」
「ふ。……ならば、それでいい。だが、一つだけ、忠告だ」
リリスは、ユアンの目を、じっと見つめた。その瞳は、いつもの冷徹な魔王のものではなく、どこか、姉のような、温かさを帯びていた。
「お前は、誰かを選ぶ時、必ず、誰かを傷つける。それは、避けられない。……だが、選んだ後、その誰かを、何よりも大切にしろ。エルナも、ルーチェも、フィアも。お前を想う気持ちは、どれも、本物だ。……それを、裏切るな」
「……はい。心に、留めておきます」
ユアンは、深く、うなずいた。リリスの忠告は、彼の心に、重く、そして、温かく、響いた。
「よし。……今日は、ゆっくり休め。バルザックが、お前たちのために、腕によりをかけた料理を用意している。……ふわとろオムライスも、頼んでおいた」
「ありがとうございます、リリス様」
ユアンは、笑顔で、玉座の間を後にした。廊下に出ると、エルナ、ルーチェ、フィアが、待っていた。
「ユアン、お疲れさま」
「先生、リリス様のお話、聞こえてましたよ」
「にゃー、ユアン、今夜は、みんなでごちそうにゃ!」
三人の笑顔が、ユアンを包む。リリスの言葉が、心に蘇る。『その誰かを、何よりも大切にしろ』。
(……そうだな。俺は、まず、この三人を、大切にしよう。答えは、いつか、出せばいい。でも、今この瞬間、彼女たちが、俺を想ってくれている。その気持ちに、ちゃんと、応えたい)
「みんな、今日は、本当にありがとう。……今夜は、ゆっくり、みんなで、ごちそうを食べよう」
「「「おー!」」」
四人は、並んで、厨房へと歩き出した。魔王城の廊下は、今日も、温かい。ユアンの胸の奥に、確かな居場所があった。そして、その隣には、いつも、三人の仲間がいる。それだけで、ユアンは、明日も、誰かを癒やし続けられる。そう、思えた。




