第75話 対策
隠れ家に戻ると、セレスティア王女が暖炉に火を入れ、温かいスープを用意して待っていた。
「皆さん、ご無事で何よりです。……フィアさんが飛び出していった時は、心臓が止まるかと思いました」
「ごめんにゃ、王女様。でも、ユアンが危ないと思ったら、いてもたってもいられなかったにゃ」
「フィアのおかげで助かった。ありがとう」
ユアンは、フィアの頭をぽんと撫で、それから全員をテーブルに集めた。エルナが、路地で聞き出した情報を、簡潔にまとめる。
「刺客を送ったのは、財務大臣のヴァルデマール侯爵。聖教会の残党と結託して、リリスノアとの戦争を画策している。ユアンを暗殺し、その罪を魔王軍になすりつけるつもりだった」
「ヴァルデマール侯爵……!」
セレスティア王女が、顔色を変えた。
「彼は、父王の幼馴染で、国庫を握る重鎮です。表向きは穏健派を装いながら、裏では聖教会の残党と通じていたなんて……!」
「王女様。この侯爵について、何か知っていることは?」
ユアンの問いに、王女は、しばらく考え込んだ。
「彼は、セレンディアの貴族の中でも、特に聖教会との結びつきが強い家系です。彼の領地には、聖教会の古い修道院があり、今も、多くの聖職者が出入りしていると聞きます。……それと、彼には一人娘がいて、その娘は、幼い頃から病を患っているとか」
「病の娘……」
ユアンは、路地で刺客が言っていた言葉を思い出した。『娘の病気を治すために』。刺客の一人が、そう言っていた。もしかすると、ヴァルデマール侯爵自身も、娘の病を治すために、聖教会の残党に協力しているのかもしれない。
「王女様。侯爵の娘さんは、どんな病なんですか」
「詳しくは知りません。ただ、何人もの医師や聖職者が診たけれど、治らなかったと。……もしかして、ユアン様」
「ああ。もしかすると、侯爵は、娘の病を治すために、聖教会に協力しているのかもしれない。もし、俺がその病を治せたら、話は変わってくるかもしれない」
「ユアン、それ、本当にうまくいくと思う?」
エルナが、慎重に尋ねる。
「わからない。でも、戦うよりは、話し合う道を探したい。俺の力で、侯爵の娘を癒やせれば、聖教会の残党から離れさせることもできるかもしれない。……それに」
ユアンは、テーブルの上のスープを一口飲んでから、続けた。
「侯爵が、本当に娘を想っているなら、その気持ちは、俺にもわかる。俺も、誰かを助けたいと思って、ここまで来たんだから」
「先生……」
ルーチェが、静かにうなずいた。
「私も、賛成です。戦う前に、話し合う。それが、リリスノアの理念です。……でも、危険なのは確かです。侯爵が、必ずしも話し合いに応じるとは限りません」
「だから、準備が必要だ」
ユアンは、全員を見渡した。
「まず、ルーチェ。お前の聖属性感知で、侯爵の屋敷の結界や、聖教会の残党の動きを探ってくれ。特に、侯爵の娘がどこにいるか、正確な位置を掴みたい」
「了解です、先生」
「エルナ。お前には、屋敷の周辺の地形と、逃げ道の確保を頼む。氷魔法で、緊急時の退路を作っておいてくれ」
「わかったわ。氷の壁で、屋敷の周囲を一時的に封鎖するのも、可能よ」
「フィア。お前は、屋敷の内部に潜入して、警備の配置と、侯爵の動きを探ってくれ。猫の姿なら、見つかりにくいはずだ」
「任せるにゃ! あたし、こういうの得意にゃ!」
「王女様。あなたは、私と一緒に、侯爵の屋敷の見取り図を確認してください。昔、訪れたことがあるかもしれませんが、今の配置は変わっているはずです」
「はい。私も、力になります」
「そして、俺は――」
ユアンは、深く息を吸った。
「侯爵に、直接会いに行く。正面から、話をしたい。娘の病を治す代わりに、リリスノアとの戦争を止めてほしいと。……まずは、その機会を作ることから始める」
「ユアン。それ、一番危険な役よ」
エルナが、心配そうに言う。
「ああ。でも、俺が行かなければ意味がない。俺の力を見せて、話を聞いてもらわないと。……それに、もしもの時は、お前たちが助けてくれるだろ?」
「当たり前にゃ!」
「必ず、助けます」
「私が、絶対に守るわ」
三人の言葉に、ユアンは、力強くうなずいた。
「よし。――ベリルに、状況を報告しておこう。転移門の魔石で、連絡を入れる。ゲンマの情報網も、使えるかもしれない」
ユアンは、ベリルから渡された魔石を握りしめた。すぐに、ベリルの声が、念話で届く。
『――ユアン。どうした』
「ベリル。聞いてくれ。セレンディアの財務大臣、ヴァルデマール侯爵が、黒幕だ。彼は、聖教会の残党と結託して、俺の暗殺を企てた。だが、彼の娘が病に倒れているらしい。俺は、その娘を治して、侯爵を説得したい」
『……お前、また無茶を言うな。だが、その発想は、お前らしい。ヴァルデマール侯爵なら、私も、名前だけは知っている。ゲンマの間者からの報告にも、彼の名前があった。セレンディア国内でも、有力な貴族の一人だ』
「それで、ベリル。侯爵の屋敷の場所と、警備の情報を、できるだけ詳しく教えてくれ。それから、リリス様に、この件を報告してほしい。俺たちは、戦わずに、この国を救うつもりだ」
『わかった。情報は、すぐに送る。……ユアン、一つだけ言っておく』
「なんだ」
『お前が、どれほど優しい人間でも、相手が同じように優しいとは限らない。侯爵は、長年、国政の中枢にいる男だ。冷静で、計算高い。……油断するな』
「わかってる。ありがとう、ベリル」
念話が切れると、ユアンは、四人に向き直った。
「みんな、行こう。まずは、侯爵の屋敷の偵察だ。作戦は、それからだ」
「「「了解!」」」
こうして、リリスノアの一行は、セレンディア王国の運命を懸けた、新たな任務に挑むことになった。戦わず、誰も傷つけず、それでも国を救う。ユアンの優しさと、仲間たちの力が、試される時だった。




