第72話 緊急会議
セレスティア王女の告白から、わずか一刻。
魔王城の作戦会議室には、リリスを筆頭に、四天王、テオバルト、そしてユアン、エルナ、ルーチェ、フィアが集められた。セレスティア王女も同席している。彼女の正体は、今この場にいる全員に共有されていた。
「――状況は把握した」
リリスが、玉座の間の中央に立ち、静かに口を開いた。
「セレンディア王国が、表向きは友好を装いながら、裏でリリスノアを潰そうとしている。武力ではなく、経済封鎖と外交包囲で、じわじわと締め付ける。……ベリル、この戦術をどう見る」
「見事な戦略です。我々が最も苦手とする戦い方だ」
ベリルは、淡々と言った。
「リリスノアは、建国したばかり。食料自給率は低く、医療区画の運営費は各国からの支援に依存しています。交易路を抑えられれば、半年もたずに財政が破綻する。その前に、外交的に孤立させられれば、我々は内側から崩れる。……まさに、急所を突いた戦術です」
「他に国は?」
「セレンディアは、大陸西の交易の要衝です。ここを抑えられれば、イストリア、ガルム、ガンドリアの支援も、いずれ細る。特にガルムは、セレンディアとの交易に依存している部分が大きい。……時間の問題です」
ベリルの分析に、会議室が重い沈黙に包まれた。ユアンは、拳を握りしめた。自分たちが、どれほど危うい基盤の上に立っているかを、改めて思い知らされた。
「ゲンマ。情報は」
「すでに間者を放ちました。セレンディア国内の情勢、王宮内の派閥、そして交易路の実態。三日以内に、詳細が届くはずです。……ただ、一つ、気になる報告が」
「なんだ」
「セレンディア王宮には、聖教会の残党が多く潜伏しているとのことです。彼らが、セレンディア貴族たちを焚きつけている可能性が高い。つまり、この問題の裏には、聖教会の影がある」
「やはりな」
リリスは、静かに目を細めた。聖教会は、表向きはアルベリクのもとで再建の道を歩んでいる。だが、その裏で、まだ諦めていない者たちがいる。彼らが、セレンディアを動かしているのだ。
「ユアン」
リリスが、名を呼んだ。
「お前の意見を聞きたい。この状況を、どうする」
ユアンは、少し考えてから、顔を上げた。
「……俺は、戦いたくありません。でも、このままでは、リリスノアが潰される。だから、セレンディアに行きます。直接、王と会って、話をしたい。俺の癒やしの力が、どれほどのものか、見せたい。そして、リリスノアが、本当に平和を願っている国だと、伝えたい」
「しかし、セレンディアは、リリスノアを潰そうとしている国だ。ユアン殿が行けば、人質に取られるか、最悪、命を狙われる」
ゲンマが、冷静に指摘する。
「それでもです。俺が行かなければ、戦争になる。戦争になれば、多くの人が傷つく。……俺は、それを止めたい。癒やしの力で」
「お前は、いつもそう言う」
リリスは、小さく笑った。
「だが、今回は、一人で行かせるわけにはいかん。ユアン、お前には、護衛が必要だ」
「護衛……ですか」
「そうだ。エルナ、ルーチェ、フィア。お前たちも、同行しろ」
「「「はい!」」」
三人は、即座に返事をした。エルナは、ユアンの隣で、静かにうなずいている。ルーチェは、聖印を握りしめ、決意の表情を浮かべている。フィアは、尻尾をぶんぶん振って、やる気満々だ。
「ただし、条件がある」
リリスは、四人を見渡し、厳しい声で言った。
「今回は、潜入任務だ。決して、目立ってはならん。セレンディアに着いたら、まずは情報を集め、王宮の内情を探れ。そして、可能ならば、王との直接会談の場を設けろ。……武力行使は、最終手段だ。いいな」
「「「御意」」」
ベリルが、羊皮紙を広げ、地図を指さした。
「潜入ルートは、これだ。セレンディアの北、山脈を越える古道がある。ここは、今は使われていないが、昔は交易路として栄えていた。セレンディア側の警戒も薄いはずだ。ユアンたちは、ここから国境を越え、王都へ向かえ」
「山越えか。……フィア、いけるか」
「任せるにゃ! 山道なら、あたしの庭みたいなものにゃ!」
「エルナ、ルーチェは」
「私は、寒冷地の魔法なら得意よ。山越えなら、むしろ私の本領」
「私も、聖属性の感知で、危険を早めに察知できます。みんなを守ります」
「よし。――それと、もう一つ」
ベリルは、ユアンに、小さな魔石を手渡した。
「これは、緊急時用の転移門の魔石だ。前回のものより、座標が安定している。何かあれば、即座にこれを使え。……いいな、ユアン。絶対に無茶をするな」
「わかってる。……でも、もしもの時は、みんなを守るために使う」
「それが、一番無茶な使い方だ」
ベリルは、深いため息をついた。だが、その目は、信頼に満ちていた。
「ユアン。お前は、リリスノアの希望だ。お前が倒れれば、この国は終わる。……自分の命を、一番に考えろ」
「……はい」
ユアンは、真剣にうなずいた。リリスの方を見ると、彼女は、静かにうなずき返した。
「ユアン。お前の帰りを、待っている。……ふわとろオムライス、忘れるなよ」
「はい。必ず、生きて帰ります。そして、とびきりのオムライスを作ります」
ユアンは、そう答えて、四人は会議室を後にした。セレスティア王女が、扉の前で待っていた。
「ユアン様。私も、同行します」
「王女様、それは」
「私の国です。私が行かなければ、意味がない。それに、私があなた方を案内すれば、王宮への潜入も容易になります。……お願いします」
彼女の目は、真剣だった。ユアンは、少し考えて、うなずいた。
「わかりました。王女様、一緒に行きましょう。あなたの国を、救うために」
「ありがとうございます、ユアン様」
こうして、新たな任務が始まった。行き先は、セレンディア王国。目的は、戦わずして、国を救うこと。ユアンたちの、新たな旅が幕を開けた。




