↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
57/104

第57話 奇跡ではない癒やし


その日の夕刻、本山の大聖堂には、かつてないほどの人だかりができていた。


聖遺物の間へ入る資格を得るためには、ユアンの力が本物であることを教会の者たちに示さねばならない。アルベリクの提案により、癒やしを求める者たちが聖堂へ集められたのだった。


「ずいぶんと大勢だな」


ユアンは祭壇の前に立ち、長椅子を埋め尽くす人々を見渡した。聖職者、騎士、巡礼者、そして聖魔法の衰えに不安を抱く一般の信者たち。老若男女、誰もがユアンの一挙手一投足をじっと見つめている。


「聖魔法が弱まり、教会の治療院で治せなくなった者が後を絶たないのだ。皆、藁にもすがる思いで来ている」


アルベリクが申し訳なさそうに言った。


「だが、あの人数を一人で癒やすなど、どれほどの聖女でも不可能だ。あなたの力、見せていただこう」


「わかりました」


ユアンは静かにうなずき、祭壇の中央へ歩み出た。エルナとルーチェは左右に控え、ベリルとフィアは人混みに紛れて周囲を警戒している。テオバルトは聖堂の隅で、すべてを見届けるように立っていた。


「――始める前に、一つだけ言っておきます」


ユアンの声が、静かな聖堂に響いた。


「俺の力は、神の奇跡ではありません。祈りによって発動する聖魔法とも、仕組みが違います。俺がやるのは、傷ついたものを、本来あるべき姿に戻すこと。それだけです。だから、奇跡を期待している人は、がっかりするかもしれません」


聖堂が、しんと静まり返る。


「それでもいい。あなたの癒やしを見せてほしい」


最前列に座る老女が、震える声で言った。彼女は、自分の膝に手を当てている。何年も前から歩くことすらままならない、古い傷があるのだろう。


「では、まずはあなたから。――《全快癒光》」


ユアンが老女の肩にそっと手を置くと、純白の光が彼女の全身を包んだ。老女が小さく息を呑み、自分の膝を何度もまさぐる。


「……痛みが、消えました。本当に、消えました!」


老女は、恐る恐る立ち上がった。周囲からどよめきが上がる。彼女は、何年ぶりかもわからない自分の足で、一歩、また一歩と歩き出した。


「立ってる……! まっすぐに、立ってるわ!」

「おお……!」


聖堂中が、どよめきと歓声に包まれた。ユアンは、その輪の中心に立って、続ける。


「次に、足の不自由な方、聖魔法が効かなくなったという方、心当たりのある方は、どうか遠慮しないでください。俺が治します」


ユアンの言葉に、人々が次々と手を上げた。中には、教会の聖騎士や聖女見習いの姿もある。ユアンは一人ひとりの前に行き、手をかざし、回復魔法をかけていく。一人で何人も治せるのかと、半信半疑の眼差しだった者たちも、その速さと確実さに、やがて口を閉ざした。


「――《領域修復》」


ユアンが聖堂全体に光を広げると、集まったすべての人の傷が、同時に癒やされていく。それは、まさに圧倒的な光景だった。車椅子の老人が立ち上がり、包帯を巻いた子供が笑い、失明寸前だった男が視力を取り戻す。誰もが、自分の身体に満ちる温かな感覚に、涙を流していた。


「全員、終わりました。――いえ、まだですね」


ユアンは、祭壇の聖遺物の複製品に手をかざした。複製品に刻まれた聖印が、ユアンの光に呼応して、かすかに輝きを増す。


「この聖堂の空気そのものが、長年の悲しみで淀んでいます。――《状態異常解除・広域》」


ユアンの銀色の光が、聖堂の壁、天井、床、そして空気そのものを包み込んだ。長い年月、祈りの名の下に溜め込まれた苦しみや諦めが、ゆっくりとほどけていく。人々は、聖堂の中が、目に見えて明るくなったように感じた。


「……なんと、美しい」


ルーチェが、うっとりと呟いた。彼女には、聖堂に満ちていた聖属性の歪みが、ユアンの光によって正しく整えられていくのが見えていた。


「先生の癒やしは、聖魔法と違って、何かに祈る必要がない。ただ、あるべき姿に戻すだけ。それが、こんなにも優しい光だなんて……」


ルーチェの目に、涙が浮かぶ。彼女は、ユアンの隣に歩み寄り、自分もまた、聖女としての光を放った。


「――《慈愛の聖光》」


二つの光が、聖堂で溶け合う。ユアンの銀の光が、ルーチェの金の光を包み込み、より深く、より広く、人々の心の傷までも癒やしていく。泣き崩れる者、祈りを捧げる者、ただ呆然と立ち尽くす者。反応は様々だったが、その場にいた誰もが、今この瞬間、確かに救われていた。


「――これが、私たちの癒やしです」


ユアンが言った。


「神の奇跡ではありません。祈りの対価でもありません。ただ、傷ついた人を、傷つく前の姿に戻す。それだけの力です。でも、その力で、あなたたち自身が、明日を生きる力を持ってくれるなら。……それで、俺は十分です」


聖堂が、万雷の拍手に包まれた。涙を流しながら、叫ぶ者、ひざまずく者。アルベリクをはじめとする聖職者たちも、もはや言葉を失い、ただ拍手を送っていた。


「……お前は、やはり本物だ。こんな癒やしを、私は今まで見たことがない。聖女の再来ですら、足元にも及ばぬ。いや、これはもう、聖女などではない。――世界を癒やす者。星の予言に、その名が記された者だ」


テオバルトが、静かにユアンの肩を叩いた。


「ユアンよ。お前の力は、もはや一つの教えのようなものだ。聖教会は、お前の存在を認めざるを得まい」


「俺は、ただの回復術師ですよ」


「それが、どれほどの奇跡か。お前が思うより、ずっと大きい」


テオバルトは、聖堂の奥、聖遺物の間へと続く扉を見つめた。


「さて、あとは、聖遺物を正しく眠らせるだけだ。――行こう、ユアン。いや、ユアン殿。新しい時代の、癒やし手よ」


ユアンは、力強くうなずいた。聖堂は、まだ人々の熱気と涙に包まれている。エルナとベリルが近くに駆け寄り、フィアが「すごかったにゃー!」と小声で叫んだ。


「でも、これでようやく、本命に取りかかれるにゃ」

「ああ。最後の聖遺物、それを癒やせば、本当の意味で俺の戦いは終わる。……いや」


ユアンは、人々の笑顔を見渡しながら、静かに言った。


「ここからが、新しい始まりなのかもしれないな」


大聖堂の鐘が、祝福の音を響かせていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。