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第54話 聖遺物の行方


地下聖堂に満ちていた赤黒い光は消え、静寂が戻っていた。


ユアンの《領域修復》によって浄化された聖遺物は、もはや禍々しい力を放ってはいない。石棺の中の聖女は、三百年の眠りからようやく解放されたように、穏やかな表情を浮かべている。


「……この聖遺物は、俺たちが預かる」


ユアンは、へたり込む聖騎士たちを見渡して言った。


「抵抗するなら、それでもいい。だが、俺はお前たちと戦うつもりはない。お前たちが信じてきたものは、今夜、終わったんだ。――聖遺物にすがらずとも、人は癒やされる。その証は、この場で見せたはずだ」


聖騎士の一人が、剣を捨ててひざまずいた。彼は先ほど、ユアンの光に肩の傷を癒やされた若い兵士だった。


「……私は、あなたの力にすがりたい。違う、すがるんじゃない。――あなたのように、誰かを癒やせる者になりたい」


「名を」

「ヴェルナーと申します。王宮聖騎士団、第三小隊の者です」

「ヴェルナー。君は、自分の信じる道を選べ。俺は、君に命令しない。ただ、目の前で苦しんでいる人を、見捨てるな」


ヴェルナーは、深くうなずいた。


その時、地下聖堂の入り口から、激しい剣戟の音が響いた。


「――ユアン! 上から別の一団が来てるにゃ! 聖騎士団の本隊だにゃ!」

フィアが駆け込んできた。猫耳が、興奮と警戒でピンと張っている。


「数は」

「五十は超えるにゃ! しかも、なんか、変な武器を持ってるにゃ!」

「変な武器……?」

「黒い短剣だにゃ。あれ、ガレアの時と同じ、聖遺物の力が込められた武器にゃ!」


ユアンの背筋が凍った。聖騎士団の本隊が、聖遺物の力を帯びた武器で武装している。それは、もはや正規軍ではなく、教会の過激派と同等の装備だった。


「逃げるぞ! ルーチェ、聖女たちを頼む!」

「はい! 三人とも、私の後ろに!」

「エルナ、ベリルと合流して、退路を!」

「わかってるわ! ――《氷結防壁》!」


エルナが聖堂の入り口を分厚い氷で塞いだ。だが、外からはその氷を破る音が、すぐに響き始める。


「早く! 持って、もたないわ!」

「――走れ!」


五人と三人の聖女たちは、地下通路を駆け抜けた。ユアンは聖遺物を背負い、ルーチェが聖女たちの手を引く。エルナが後方に次々と氷の壁を生み出し、フィアが前方の罠を探りながら駆けた。


「ベリル! 今どこだ!」

「ここだ。もう少しで外だ。――旧礼拝堂の西、通用口に回り込め」


地下通路を抜け、旧礼拝堂の外に出る頃には、王宮のあちこちで松明の火が揺れていた。聖騎士団の動きは、王宮全体に広がっている。


「あいつら、本気で王宮を使ってるにゃ。まるで、国が教会に乗っ取られてるみたいだにゃ」

「……乗っ取られてるんだよ。つまり、この国はもう、教会の過激派の手に落ちている」


ユアンの言葉に、エルナが唇を噛んだ。


「ヴェルナー。お前、まだついてきてるのか」


ユアンが振り返ると、若い聖騎士が、剣を捨てたまま後を追ってきていた。


「あ、あなたの言う通りにしたい。それに、聖遺物をあの連中の手に渡すわけにはいかない。……私も、手伝わせてください」

「ありがとう。――なら、王都を出る。聖遺物は、魔王城で正しく祀る。君は、聖女たちを守ってほしい」

「わかりました。この命に代えても」


ヴェルナーは、聖女たちの手を引き、先を進んだ。


王宮の通用口を抜けた先、月明かりが街を照らしている。宿に戻る暇はない。ベリルがすでに、転移門を開けるのに十分な広さのある場所を確保していた。王都の外れ、石切り場の跡地だった。


「――転移門を開く。全員、急げ」


ベリルが魔石を掲げると、空気が震え、闇の中に銀色の門が浮かび上がった。聖遺物を背負い、聖女たちを連れて、ユアンたちは門をくぐっていく。後方からは、聖騎士団の追手が迫っていたが、エルナの氷壁が彼らの足を止めた。


「ユアン、最後に乗れ!」

「わかってる! ――今、行く!」


ユアンは最後の一人が門を通るのを確認し、自身も飛び込んだ。直後、門が音もなく閉じ、追手の矢が虚空を切って石切り場の壁に突き刺さった。


転移門の先は、魔王城の中庭だった。


朝焼けが城壁を赤く染め、小鳥がさえずり始めている。夜通し走り続けた仲間たちが、芝生の上にへたり込んだ。


「……帰ってきたんだな」


ユアンは聖遺物を地面に置き、深く息を吐いた。隣では、ルーチェが聖女たちを看護している。聖女たちは、恐怖から解放された安堵と、見知らぬ場所への不安で、まだ震えていた。それを、フィアが「大丈夫にゃ、ここはあったかくて安全な場所にゃ」と猫耳をふりふりしながらなだめている。


「ヴェルナー、お前も、ようこそ魔王城へ。長居になるかどうかは、自分で決めろ。うちには、飯がうまい厨房がある。まずは腹ごしらえだ」

「……ありがとうございます、ユアン様。俺、いや、私は……」


ヴェルナーは、泣き笑いの表情で、ユアンの手を握った。


その時、城の門から、リリスとゼクス、テオバルト、バルザックが飛び出してきた。


「ユアン! 無事か!」

「はい、ただいま戻りました。――聖遺物も、聖女様たちも、無事です」

「……そうか。よくやった」


リリスは、ユアンの胸に飛び込んできた。らしからぬ、あまりに感情的な行動に、側近たちが目を丸くしている。リリスはすぐに我に返り、咳払いをしてから、改めて全員を見渡した。


「ご苦労だった。――して、そちらの聖騎士は」

「ガンドリア王宮聖騎士団のヴェルナーです。俺についてくると言ってくれて」

「ほう。裏切者か」

「……覚悟はできています。私は、聖遺物を守りたかった。ですが、教会がやろうとしていたのは、世界の傷を再び開くこと。それを目の当たりにして、自分が本当に守るべきものを見失っていたことに気づきました」

「若いのに、殊勝だな。よかろう。しばらく城に置いてやる。ただし、不審な動きを見せれば、迷わず斬れ。ゼクス」

「了解した」


ゼクスが無言でうなずく。ヴェルナーは、生きた心地がしない表情で「は、はい」と答えた。


「さて、ユアン。聖遺物はどうする。聖教会本山にも、まだ一つ残っているのだろう」


「はい。本山の地下にも、同じ聖遺物が眠っています。ガンドリアの連中は、解放の準備を整えていました。本山も、遠からず動くはずです」


「建国準備で、これ以上の戦いは避けたいところだ。――ベリル、ゲンマと相談して、本山への外交圧力を強めろ。国として、正式に抗議する」

「承知」


「ユアンたちは、しばらく休め。聖遺物の安置方法も、ルーチェと共に考えてくれ。他国を巻き込む前に、こちらも備えを固める」


「御意。……リリス様」

「なんだ」

「約束の土産、買えませんでした。その代わり、とびきりの聖遺物を持ち帰ってきました。ひどい冗談ですが」

「ふっ。……いい土産だ。氷菓の代わりにしては、重すぎるがな」


リリスが笑った。


魔王城に、朝が来る。世界の傷を再び開こうとする者たちとの戦いは、まだ終わらない。だが、ユアンにはもう、恐れるものはなかった。ここが、帰るべき場所だから。


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