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第53話 王宮の地下で


夜が明けて、一日が過ぎた。


ガンドリア王都は、満月を控えて異様な熱気に包まれていた。街のあちこちで聖騎士団の巡回が強化され、王宮の周囲には聖教会の紋章を掲げた馬車が次々と集まってくる。夜ごと、どこからか聖歌のような詠唱が聞こえ、空気は張り詰めていた。


そして迎えた満月の夜、ユアンたちは王宮の東翼に続く隠し通路の入り口に立っていた。王宮の西側に広がる古い下水道から、東翼の旧礼拝堂へと通じる地下道がある。ザカリアスから聞き出した情報を基に、フィアが入り口を発見していた。


「この先を抜ければ、旧礼拝堂の真下に出るにゃ。あとは、祭壇のある地下へ降りるだけ」

「聖騎士の見回りは?」

「通路の途中までは、ネズミしかいないにゃ。でも、出口の上には、人の気配が沢山。数は……二十は超えてるにゃ」

「やはり、今夜が本番か」


ユアンは、腰に下げた小袋に手を当てた。中には、医療区画で作った簡易の聖遺物封印具と、エルナが氷魔法で作った魔力遮断の結晶が入っている。テオバルトから借りた古い聖印も、懐に忍ばせてあった。


「作戦を再確認する。目的は、聖遺物の解放阻止。まずは祭壇に向かい、儀式を止める。聖騎士とは、できれば戦わない。それでも邪魔をするなら、無力化してでも進む。――いいな」

「ええ」

「はい」

「もちろんにゃ」


四人は、漆黒の地下道へと身を滑り込ませた。


下水道の中は、かび臭く、湿った空気が肌にまとわりつく。フィアが先導し、ルーチェが聖属性感知で先の安全を確かめ、エルナが氷の光で足元を照らす。ユアンは最後尾で、星晶石の温かな光を胸元に宿し、いつでも治癒と防御の術式を放てるように備えていた。


古い石壁が途切れ、前方に鉄の梯子が見えた。フィアが手で合図する。


(ここを上がると、旧礼拝堂の東側、物置の裏に出る。まずは私が行く、と)


ユアンは頷いた。フィアは音もなく梯子を上り、天井の蓋を少しだけずらして外の様子を探る。やがて、猫耳をふるふると動かして、安全の合図を送った。四人は順に蓋を抜け、地上へ出た。


そこは、古びた礼拝堂の外側、雑草の茂る中庭だった。高い壁に囲まれ、月明かりが石畳を青白く照らしている。礼拝堂の窓からは、赤黒い光が漏れていた。祭壇の儀式が、すでに始まっている。


「――急ごう」


ユアンたちは礼拝堂の裏口から中へ侵入した。内部は、外から見るよりずっと広い。長椅子が並ぶ古い聖堂の中央、祭壇の奥に、地下へと続く階段が口を開けている。聖騎士団の兵士が二人、階段の前を固めていた。


「……見張りか。フィア、頼めるか」

「任せるにゃ」


フィアは床を這うように近づき、物陰から二人の背後へと回った。それから、影の中から腕を伸ばし、二人の足元をすくうようにして、音を立てずに気絶させる。兵士たちが倒れる前に、エルナが氷の魔法で身体を支え、床にそっと横たえた。


「よし。下へ行くぞ」

「行きましょう」


四人は、地下への階段を駆け下りた。階段の先は、意外なほど明るい。壁という壁に聖印が刻まれ、呪術的な光が脈打っている。ルーチェの額から、汗が滴った。


「強い聖魔力……。あの、聖遺物が、ずっと助けを呼んでいます」

「位置はわかるか」

「はい。階段の先をしばらく進んだところに、大きな石棺と、祭壇があります。そこに、三人の聖女様たちが横たわっていて……! あ、だめ、彼女たちが、祈りを捧げさせられている……!」

「三人の聖女だと……?」


ユアンの顔色が変わった。聖遺物の解放には、聖属性魔力を高める「器」として、聖女の祈りが必要になる。クレメント家の聖遺物には、ルーチェの遠い祖先が眠っていた。ここでは、生きている聖女たちが、儀式に使われている。それも、おそらくは教会が囲い込んだ若い娘たちだ。


「……ひどい」


エルナが唇を噛みしめた。


「一刻も早く、止めなければ」

「行こう」


四人は足を速め、地下通路を駆け抜けた。果たして、巨大な石扉の向こうに、祭壇があった。


祭壇を囲むように、黒いローブの聖職者たちが並び、中央では三人の少女が白い衣を着せられ、涙を流しながら祈りを捧げていた。その祈りが、祭壇の中央に置かれた石棺へと、赤黒い光となって流れ込んでいる。そして、石棺の上には、見覚えのある聖印が浮かんでいた。


「――間に合ったか……!」


ユアンの声に、聖職者たちが一斉に振り返る。


「なにやつ! ここは聖域であるぞ!」

「――聖域を冒涜しているのは、お前たちだろ」


ユアンが一歩前に出ると、空気が震えた。胸元の星晶石が、まばゆい銀色の光を放つ。


「《状態異常解除・拡張》――聖遺物への強制干渉をすべて解除する!」


ユアンの光が、祭壇ごと石棺を包み込んだ。石棺に絡みつく赤黒い術式が、悲鳴のような光を放って消え去り、三人の聖女たちが、ようやく祈りから解放されて崩れ落ちる。


「ああ……ああ……!」

「たすかった……ありがとうございます……!」

「私……ひどいことを……!」


エルナが聖女たちを抱き起こし、ルーチェがその額に手を当てた。


「大丈夫。もう祈らなくていい。今、癒やしの光を」


ルーチェの《慈愛の聖光》が、聖女たちの心の傷を優しく癒やしていく。


「き、貴様ら……何をしたかわかっているのか!」

「わかってるさ。これから、お前たちの祈りを止めに来た。それは、俺たちが引き受ける。世界の傷は、二度と開かせない」


ユアンは、懐からテオバルトの聖印を取り出した。聖印が、ユアンの銀色の光と共鳴し、祭壇に残る聖遺物の力を静めていく。


「――やめろ! その聖遺物は、聖教会の希望! それを失えば、世界から癒やしが消える!」

「聖遺物がなくても、癒やしは消えない。ここに、癒やしの力を持った者がいる。――俺が証明する」


ユアンは両手を広げ、星晶石の光を天井高く放った。聖職者の放つ攻撃魔法も、エルナの氷壁とフィアの影がすべて遮断する。ルーチェが聖女たちを守り、光はますます強く、祭壇に横たわる聖遺物を抱きしめた。


「――《領域修復》」


石棺が、静かに開いていく。中からは、聖遺物として祀られた聖女の亡骸と、無数の聖印が浮かび上がった。聖遺物は、ユアンの光に導かれ、赤黒い色を失い、清らかな銀色へと変わっていく。


「……ありがとう。あなたの光は、確かに届いた」


風が吹いた。石棺の中から、聖女の微笑みが浮かんだ気がした。聖遺物は、もはや恨み言も、呪いもなく、ただ静かに眠っていた。


「……終わった、のか」


ユアンが息をついた瞬間、地下聖堂の入り口から、怒号と共に聖騎士団の兵士が雪崩れ込んできた。


「侵入者! 聖遺物を奪還しろ!」


ユアンは、剣を振りかざす聖騎士たちの前に立った。


「――待ってくれ。戦う必要はない。俺たちは、聖遺物を破壊しに来たんじゃない。癒やしに来たんだ」

「黙れ! 魔王軍の回し者め!」

「そうだ、俺は魔王軍の特別顧問だ。……でも、俺はヒーラーだ。お前たちが本当に守りたいものは、この石棺じゃないはずだ。聖遺物が生む奇跡にすがらずとも、人は癒やされる。俺が、今ここでその証を見せる」


ユアンの光が、怪我をした聖騎士の腕を癒やしていく。それは、聖魔法ではなく、まったく新しい、星の光だった。


「痛みが……消えていく……?」

「神の奇跡よりも、速く、あたたかい……これは」


聖騎士たちは、武器を下ろした。戦意を失ったのは、ユアンの光が心にまで届いたからだった。


「……行こう、みんな。聖遺物は、俺たちで正しく弔う。ルーチェ、聖女様たちを連れて、エルナ、先に地上へ。フィア、退路を」

「はい」「了解!」「任せるにゃ」


こうして、ガンドリア王宮の地下で、ユアンたちは聖遺物の解放を阻止し、祈らされていた聖女たちを救出した。聖騎士団の一部は、ユアンの力を目の当たりにし、数名がその場にひざまずいて祈りを捧げた。


――神にではなく、世界を癒やす者に。


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