第52話 ガンドリア潜入
ガンドリア王都の城門は、近づくほどに威圧感を増した。
高さ十メートルを超える分厚い城壁。はめ込まれた鉄の門。その上には、白銀の鎧に身を包んだ聖騎士団の兵士たちが、眼下を行き交う人々を監視している。王都に入るためには、この門を通るしかない。
「……思っていたより、検問が厳しいな」
ユアンは、街道の脇に立ち、城門へと続く人の列を見つめた。商人らしき男、荷馬車を引く農夫、巡礼者風の親子連れ。誰もが緊張した面持ちで、順番を待っている。門の前では、聖騎士団の兵士たちが一人ひとりに声をかけ、荷物を改めていた。
「戦時中だからな。聖魔法の衰えが報じられてから、ガンドリアは国内の統制を強化している。特に聖教会に敵対しそうな者、つまり我々のような部外者は、真っ先に疑われるだろう」
ベリルは顎に手を当てて言った。
「では、外交官として堂々と入るか。それとも、どこかに抜け道でも探すか」
「抜け道なら、フィアが何か知らないかしら」
「あたしに任せるにゃ」
フィアはいたずらっぽく笑い、背を低くして街道の脇の草むらへと身を滑り込ませた。彼女の姿は、一瞬で緑の中に溶けて見えなくなる。しばらくして戻ってきたフィアは、得意げに耳を立てていた。
「西側の外壁に、商人が使う小さな通用門があるにゃ。検問はあるけど、あっちの兵士は数が少ないし、荷物を運ぶ馬車に紛れれば行けるにゃ」
「いいな。よし、西の通用門から入るぞ。だが、見つかっても絶対に手を出すな。俺がなんとかする」
ユアンの言葉に、四人はうなずいた。
西の通用門は、城門ほど大きくないが、それでも十分な重厚さがあった。周囲には、果物を積んだ荷馬車や、木材を載せた大型の荷車が並んでいる。フィアは、荷車の影に五人を導き、タイミングを計った。
「……今なら、見張りの二人が、よそ見してるにゃ。あたしが先に中の様子を見てくる」
「気をつけて、フィア」
「わかってるにゃ」
フィアは音を立てずに通用門の脇をすり抜け、壁の内側へと消えた。それから、小さく手だけを出して合図を送る。
「今だ。行くぞ」
ユアンを先頭に、五人は素早く通用門をくぐった。門の内側は、外から見るよりずっと静かで、荷馬車の積み下ろしをする商人と、それを監視する兵士が数人いるだけだった。五人は無事に王都へと足を踏み入れた。
「……入れたな」
「ここからどうする、ユアン。王宮は、あの大きな塔の見える方向だ」
ベリルが指さす先には、白亜の王宮がそびえている。王宮までは、大通りが続いていた。道行く人々は、城門の外より少しは和やかだが、やはりどこか沈んでいる。所々に立つ聖騎士団の兵士たちが、街に影を落としているのだ。
「聖遺物がどこにあるか、確認できるか、ルーチェ」
「……はい。少しだけ、集中します」
ルーチェは目を閉じ、胸元の聖印を握りしめた。聖属性感知。彼女の意識が、王宮の地下へ、地下へと伸びていく。しばらくして、ルーチェははっと目を開いた。
「……感じます。王宮の東翼、地下から、強烈な聖魔力の反応。まるで、助けを求めて叫んでるみたい。……泣いてる。聖遺物が、泣いてるんです」
「泣いてる……」
「はい。彼らは、無理やり目を覚まさせられて、苦しんでいます。早く、止めてあげないと……」
ルーチェの目は、いつになく真剣だった。エルナが「大丈夫、すぐに助けに行くから」と彼女の肩を抱く。フィアが「道案内は任せてにゃ」とグローブをはめ直した。
「作戦を決めよう。まず、王宮に近い宿で情報を集める。ベリルとフィアが得意だろ」
「ああ。俺とエルナは、王宮の警備の配置を調べる。ルーチェは、聖遺物の反応を追いながら、正確な位置を特定してくれ」
「はい」
「それと、これは命令だが、みんな絶対に無茶するなよ。特にユアン」
「……お前が言うか」
「うるさい。お前が無茶するからだろう」
「にゃはは、エルナの言う通りだにゃ」
五人は笑い、夕暮れの王都を歩き出した。空は藍色に変わり、街の灯りがひとつ、またひとつと灯っていく。
王宮に近い宿、「北風亭」は、商人や旅人が行き交う賑やかな宿だった。カウンターで宿の主人に挨拶を済ませ、五人は二階の一室に集まった。
「ここから見えるな。王宮の東翼」
ベリルが窓の外を見た。王宮は目前に迫り、その威容は夜になっても衰えない。東翼には、古びた尖塔があり、周囲の建物よりもわずかに低く沈んでいる。あれが、旧礼拝堂なのだろう。
「ルーチェ、今の反応は」
「さっきより強いです。満月が近いから、勝手に高まってるんじゃなくて、誰かが意図的に、毎晩祈りを捧げて聖魔力を注いでいる……。多分、聖騎士団や、教会の残党が」
「なら、儀式の実行犯は、国内の教会側だ。ここで戦えば、ガンドリア王国そのものを敵に回す。……まずいな」
「なるほど。聖遺物を解放するのは、教会だけの陰謀じゃなく、国を挙げての大事業かもしれないと」
「いや、王宮内の派閥かもしれん。ややこしいぞ」
ユアンは腕を組んだ。北の大国は、聖騎士団の総本山。王宮内に、聖遺物解放の儀式場がある時点で、国ぐるみか、それに近い勢力が動いている。武力で乗り込めば、魔王軍が北の大国に宣戦布告したとみなされかねない。
「だからといって、放ってはおけない。なんとかして、内密に、穏便に」
「穏便に、なんて無理だと思うがな。今回ばかりは、俺たちが隠密で動くしかない」
「そのために、私とフィアがいる。エルナとルーチェもいる。ユアンは、俺たちの指示に従って。それでいいだろ」
ベリルの静かな言葉に、ユアンは小さくため息をついた。
「わかったよ。じゃあ、明日の夜に動く。今日は疲れを取れ。フィア、先に王宮の周辺を見てきてくれ。ルーチェとエルナは、聖遺物の反応が正確な位置を絞れるよう、夜通しの監視を。俺は、宿の下の飲み場で情報を集める」
「いいの? ユアン、そういうの苦手じゃ」
「何言ってる。こう見えて、もともと旅の野営で商人から情報を聞き出すのは慣れてるんだ。まあ、聞いてきなさい」
ユアンはそう言うと、部屋を出て階下へ降りていった。温かい声と、皿のぶつかる音。北風亭の食堂は、旅人と地元の客で賑わっていた。
カウンターに座り、エールを頼む。一口含んで、周囲に聞き耳を立てる。隣の商人が、連れに何かを話している。
「なあ、聞いたか。王宮で、聖女が祈りを捧げるとかで、街中の聖騎士が集められてるらしい」
「ああ、明日の晩、満月の夜に儀式があるとかなんとか。あやしげな噂だよ。聖魔法が弱まってるから、王様が手を打ったんだと」
「聖女って、どこから連れてくるんだ。まさか、教会に残ってた偉いさんか」
「さあな。でも、これで聖魔法が戻るなら、ありがたいこった。最近じゃ、どこも傷の治りが遅いってんで、困ってるやつが多い」
ユアンは、飲み物を煽った。
(満月は明日。儀式の詳細は、街の人間にも噂で流れている。急げば間に合う。だが、王宮内部は完全に教会側の手に落ちているかもしれん)
それでも、行くしかなかった。ユアンは、エールを置き、階上へと戻った。部屋の前で、ルーチェが待っている。
「先生、おかえりなさい。大丈夫ですか、顔色が優れない」
「心配するな。それより、二人は?」
「エルナさんとフィアさんは、王宮の見張りを始めてくれてます。私も、あとで合流します。先生は、少し休んでいてください」
「ルーチェこそ、休め。満月が近い。お前の聖属性感知が、今回の鍵になる」
「……先生。私、怖いです。聖遺物が泣いてる。助けたいのに、壊したい気持ちもある。おかしいですよね」
「おかしくないさ。それが、生きてるってことだ。……俺も、同じだから」
ユアンの言葉に、ルーチェは少しだけ笑った。
「先生。無理しないでくださいね。私、先生がボロボロになるところ、もう見たくないんです」
「ああ。約束する。お前も、無理するな」
「はい」
ルーチェは、ぎゅっとユアンの袖を握ってから、するりと離した。階下から、楽しげな歌声が聞こえる。夜は、更けていく。
新たな決戦の地は、すぐそこだった。




