第48話 ルーチェの話
夕食を終えたユアンたちは、クレメント家の中庭に設えられた東屋にいた。
月明かりが芝生を銀色に照らし、遠くの林からは夜風が花の香りを運んでくる。ルーチェが用意してくれたハーブティーを片手に、四人はゆったりと時間を過ごしていた。
「クレメント家は、もともと聖教会に土地を寄進した家系なんだそうです」
ルーチェは、湯気の立つカップを両手で包み込みながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「何代も前から、領地の一部を教会に献上して、その代わりに聖教会の後ろ盾を得てきた。このあたりでは一番古い家で、人々からは『聖女の家』と呼ばれていたんです。私が生まれるずっと前から」
「聖女の家、か。それで、お前が聖女の再来なんて呼ばれたのか」
「はい。生まれた時、聖属性の魔力が強すぎて、洗礼の時に聖堂の鐘がひとりでに鳴ったそうです。それで教会が飛んできて、……両親は、私を教会に預けるしかなかった」
ルーチェの声は、悲しみというよりは、過ぎたことを静かに語るようだった。エルナが「つらくなかった?」と尋ねると、ルーチェは少し考えてから小さく首を振る。
「……どうでしょう。幼かったから、つらいとも思わなかった。ただ、お祈りと聖魔法の修行をしている間だけが、自分が許されている気がしました。家に帰りたくても、帰れなくて。聖女の再来が教会から逃げるわけにはいかないから」
「帰りたかったんだにゃ」
「はい。お母様の作るスープの味を、何度も夢に見ました。……今日、久しぶりに家のご飯を食べて、ああ帰ってきたんだなって。もう、あの頃の私はいないんですけど、でも」
ルーチェは顔を上げ、三人を見た。
「今は、帰る場所が二つあります。ここクレメント家と、魔王城の医療区画です。だから、私はもう一人じゃない。……そう思えるようになったのは、ユアン先生と、エルナさんと、フィアさんがいてくれたからです」
「ルーチェ……」
エルナがテーブル越しに手を伸ばし、ルーチェの手にそっと重ねる。フィアも「あたしも、故郷はもうなかったけど、今は魔王城が故郷にゃ」と笑った。ユアンも「いい仲間を持ったな」と、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
「――ルーチェ様!ユアン様!大変です!」
夜の静寂を破って、クレメント家の使用人が息せき切って駆け込んできたのは、ちょうど東屋での会話が一段落した時だった。
「どうした、落ち着け。何があった」
「領地の西、古い聖堂の跡地で、怪しい集団が目撃されました! 聖教会の残党とおぼしき者たちが、夜な夜な集まって何か儀式をしていると! 見張りの若い衆が捕まって、一人は大けがをして逃げ帰ってきたんです!」
一同は、即座に立ち上がった。ルーチェの顔から血の気が引いていく。
「聖堂の跡地……あそこは、昔この家が教会に寄進した土地です。確か、聖遺物を安置するための地下聖堂があったはず……!」
「聖遺物? それ、世界の傷の力を溜め込んだやつじゃないよな」
「詳しくは私にも……。でも、お父様が言っていた。この土地には、教会が『絶対に開けてはならない』としていた聖遺物が眠っているって。私が教会に預けられたのも、聖女の再来として、いつかそれを守るためだったと」
ユアンとエルナは顔を見合わせた。フィアが猫耳を立て、聖堂跡地の方角を警戒する。
(古の聖遺物。教会の残党。建国の準備を進めるこの時期に、わざわざクレメント家の領地で動き出すとはな)
「行こう。相手が何者か、何をしているのか確かめる必要がある」
「でも、ユアン。もう夜も遅いわ。クレメント家の護衛を集めて、明け方を待ったほうが」
「だめだ。相手が聖遺物を動かす気なら、一刻の猶予もない。俺とルーチェで様子を見に行く。フィアが先行偵察、エルナは後方支援だ」
「……わかったわ。ただし、絶対に無茶しないで」
「あたしが先に調べてくるにゃ! 物影に隠れるのは得意だにゃ!」
フィアはそう言うと、音もなく闇に紛れた。ユアンはルーチェを振り返り、うなずく。
「行くぞ、ルーチェ。お前の家の秘密、一緒に暴こう」
「……はい、先生。私も、もう逃げません」
月明かりを背に、三人は聖堂跡地へと駆け出した。古い聖教会の影が、夜の闇に溶けていく。
新たな問題は、すぐそこまで迫っていた。




