第41話 新たな肩書き
大戦から一月が過ぎた。
世界の傷が癒やされた影響は、想像をはるかに超える規模で大陸全土に広がっていた。聖教会中枢は禁術の使用と聖骸騎士団の醜聞によって権威を失墜させ、三王国の連合軍は壊滅。ガレア王国は事実上の無政府状態に陥り、いち早く和平を申し出た。ガルム騎士王国とイストリア王国は、真っ先に魔王城との同盟を強化し、周辺の小国も雪崩を打って友好条約を結びにやってきた。
つまり――魔王城は、名実ともに大陸最強の勢力になっていた。
リリスの魔王城は、もはや魔族だけの居城ではなく、人間と魔族が共存する新たな時代の中心地として、世界中から人が集まるようになっていた。王都アークラインよりも、魔王城の門前町のほうが賑やかだと言われるほどである。
そんな中、玉座の間で一通の辞令が読み上げられた。
「――魔王軍専属ヒーラー、ユアン。その功績を称え、新たに『魔王軍特別顧問』の任に任命する。あわせて、魔王城医療区画の統括責任者を拝命するものとする」
リリスの声が、満員の玉座の間に響き渡る。壁際には四天王をはじめ、各国から派遣された大使や要人がずらりと並び、ユアンの晴れ姿を見守っていた。
「特別顧問……統括責任者……」
ユアンはぽかんと口を開け、隣に立つエルナを見た。エルナは微笑みながら、小さく「おめでとう」と唇を動かす。ルーチェは涙をぬぐいながら拍手を送り、フィアは「やったにゃ!ユアンが偉くなったにゃ!」と尻尾をぶんぶん振っている。
「さらに」
リリスは片手を上げ、ざわめきを静めた。
「ユアンの補佐として、氷の魔導師エルナを『魔王軍医療区画・魔法医療顧問』に。聖女見習いルーチェを『魔王軍医療区画・聖属性医療顧問』に。フィアを『魔王軍医療区画・保安責任者』に任命する」
「「「……えっ」」」
今度は三人が同時に素っ頓狂な声を上げた。
「ユ、ユアンと同じ、顧問……?」
「私が、魔法医療顧問……そんな、私なんてまだまだ……」
「あたしが保安責任者……!それはつまり、えらいってことかにゃ!?」
「そうだ。お前たちは、ユアンが世界の傷を癒やすために欠かせない存在であると、この世界に示した。四人全員がこの戦争の功労者であることは、もはや誰の目にも明らかだ。――それぞれ、そなたたちの働きを称えての任だ」
リリスはそう言うと、玉座から降りてユアンの前に立った。そして、彼の胸元に銀色の徽章をそっとつける。古代魔法文明の星の紋様をあしらった、特別顧問の証だ。
「ユアン。この徽章には、我の魔力が込められている。持つ者は、魔王城とその同盟国すべてにおいて、我と同等の敬意をもって迎えられる」
「リリス様、それは……俺には大きすぎます」
「今さら何を言うか。お前は世界を救った男だぞ。特別顧問ごときで不足なくらいだ」
「特別顧問ごとき……」
ベリルがため息まじりに呟いた。「特別顧問」は魔王軍において、四天王に匹敵する名誉職である。実務的な権限こそ四天王に及ばないものの、各国の王族と直接交渉できる立場であり、実質的には魔王城のNo.6とも言える地位だった。
「それにな、ユアン。この任は、そなたをこの城に縛り付けるためのものでもある」
「……というと」
「世界が変わった今、そなたを欲しがる国は後を絶たぬ。イストリア王国なぞ、正式な大使として迎えたいと何度も打診してきておる」
「……!」
ユアンの故郷。あの国は今、ユアンを「王国が生んだ英雄」として讃えている。そして実際に、イストリア王国と魔王城の間には、かつてないほど強固な同盟が結ばれていた。ユアンを介した人脈で、王国は魔王城と太いパイプを持つことに成功したのだった。
「だが、そなたは我のものだ。魔王軍の特別顧問として、この城にいてもらう。――異論はないな」
「……ありません。俺は、ここが俺の居場所だと思っていますから」
ユアンははっきりと答えた。その声に、エルナとルーチェが微笑み、フィアが「にゃー!」と叫んでユアンの背中に飛びつく。
「ユアン!あたしも、ユアンの配下になったにゃ!これで堂々と、いつでも一緒にいられるにゃ!」
「保安責任者って、お前、ちゃんと仕事しろよ……?」
「するにゃ!あたしはユアンの作った医療区画を、悪いやつから守るにゃ!」
「私は……魔法医療顧問として、ユアンの負担を減らせるように頑張るわ。医療区画の浄化術式や、氷を利用した保存技術。私の魔法が、少しはみんなの役に立つはず」
「私もです。聖属性医療顧問として、ユアン先生と一緒に、もっとたくさんの人を癒やしたい。それに、聖教会の失墜で道を失った聖職者たちの受け皿にもなれたらと……」
ルーチェの言葉に、ユアンは深くうなずいた。
「ああ。俺たちで、新しい時代の医療を作ろう。魔族も、人間も、獣人も、エルフも、ハーフも――誰もが平等に癒やされる場所を。ここから、世界中に広げていくんだ」
「――立派な抱負だ。さすがは世界の救世主」
テオバルトが玉座の間の隅で微笑んだ。彼の隣には、白銀の騎士甲冑を脱いだ聖騎士団の元団員たちが、平服で控えている。教会の失墜後、多くの元聖騎士たちが魔王城に投降し、テオバルトのもとで新しい使命を探し始めていた。彼らの中には、医療区画の警備や、聖属性を使った治療の補助を志願する者もいる。
「ユアン。私からも祝辞を述べさせてくれ」
ガルム騎士王国の大使が進み出て、深々と頭を下げる。
「ガルム騎士王国は、先の大戦においてユアン殿と共に戦えたことを、永遠の名誉とします。今や我が国は、魔王城なくしては成り立たぬと言っても過言ではない。医療区画の拡張に際しては、資金と資材を提供させていただきたい」
「イストリア王国も同様です」
イストリアの大使も一歩前に出る。ユアンの故郷の代表者だ。
「我が国は、ユアン殿を『王国が生んだ英雄』として、王都に銅像を建てることを決定いたしました。それから、ユアン殿がかつて住んでいた村を、彼の功績を記念した保護区としたいと」
「た、待ってください。銅像と保護区はやりすぎです!」
「なにをおっしゃる。世界を救った英雄にしては、むしろ遠慮しすぎなくらいでございますよ」
ユアンが困惑の声を上げる中、周囲の大使たちが一斉に笑い声を漏らした。エルナは口元を押さえ、ルーチェは「先生の銅像……!」と目を輝かせ、フィアは「あとであたしも銅像の鼻を舐めに行くにゃ」と物騒なことを言い出した。
「……どうやら、振り回されるのはこれからも変わらんな」
ベリルが眼鏡を押し上げてため息をついた。
「だが、悪くない。世界が変わる時には、いつも中心に人がいる。今回は、それが料理と癒やしを愛する白魔術師だった。――それだけのことだ」
「料理と癒やし、か。俺にぴったりだ」
ユアンは胸元の徽章にそっと触れ、それから玉座の間を見渡した。魔王城の仲間たち。四天王。テオバルト。バルザック。ゼクス。各国の大使。そして、隣に立つエルナ、ルーチェ、フィア。
かつての自分は、ここにいる誰ひとりとして知らなかった。無能と罵られ、雨の中を追放され、死にかけた十七歳の少年。その少年が今、世界の中心で、新しい時代の旗手になっている。
「……俺は、回復しかできない無能でした」
ユアンの声が、静まりかえった玉座の間に響いた。
「でも今は違います。回復しかできないからこそ、世界を癒やせた。仲間がいたからこそ、ここまで来られた。だから、この肩書きは、俺一人のものじゃない。魔王城のみんなと、ここにいる全員と――そして、かつての俺を見捨てた世界そのものが、俺に与えてくれたものだと思っています」
玉座の間が、万雷の拍手に包まれた。
こうして、ユアンは正式に「魔王軍特別顧問」として、そして「世界を癒やす者」として、新たな時代の表舞台へと立つことになった。
彼と四人の仲間たちの物語は、ここからさらに大きく、深く、広がっていく。
それは、世界の傷を癒やす力を持った、たった一人の回復術師と、彼を支える仲間たちの、終わりのない癒やしの旅路だった。




