第38話 世界を癒やす光
聖骸騎士団を包み込んだ光は、戦場の誰もが見たことのない色をしていた。
銀色でも、金色でもない。星の光のようでありながら、朝焼けのように暖かく、夕闇のように深い。その光は、ユアンの胸元の星晶石から溢れ出し、エルナ、ルーチェ、フィアの魔力と混ざり合いながら、戦場の隅々にまで浸透していく。
「――ぐ、ぅ……!」
聖骸騎士団の一体が、初めて声にならない声を発した。無機質に動いていただけの存在が、自分の胸に刺さった聖遺物を掻きむしり、苦しむようにもがき始める。兜の奥で青白く輝いていた光が、徐々に温かな色へと変わっていった。
「あれは……浄化している……?私の聖魔法とも、ユアン先生の回復とも違う……!」
ルーチェが息を呑んで光景を見つめる。ユアンは無我夢中で光を放ちながら、頭の中に流れ込んでくる「痛み」に耐えていた。星霜の聖域を通して、聖骸騎士団の奥底に眠っていた感情が、彼の心に直接響いてくる。
(――痛い、寒い、怖い。俺は、いつから戦っているんだ。誰を守っているんだ。もう、家に帰りたい。家族に会いたい。なのに、体が動かない。誰か、止めてくれ。誰か、俺を……)
ユアンは唇を噛みしめ、涙を流しながら叫んだ。
「――お前たちは、もう戦わなくていい!この光が、その苦しみを終わらせる。安心しろ。俺が、お前たちを故郷に帰す!」
光が、聖骸騎士団の一体を完全に包み込む。すると、胸に埋め込まれた聖遺物が、まるで安堵のため息をつくかのように静かに輝きを失い、死体の全身が力を失ってその場に崩れ落ちた。その顔は、もはや生ける屍の形相ではなかった。眠るように、穏やかな表情だった。ユアンの光は、死体を無理やり蘇らせているのではなかった。聖遺物の拘束を解き、死者を「死」という本来あるべき姿に戻しているのだ。
――死者を癒やす。
それは、回復魔法の極致であり、生命の冒涜でも蘇生でもない、ただ「安らぎ」を与えるための術式だった。彼が今放っている光は、正真正銘の「世界修復」。生ける者の肉体だけでなく、死せる者の魂の傷までも癒やし、戦場に蔓延る無念を清めていた。
「う……うああああ!俺は、俺は、いったい何と戦っているんだ!」
聖骸騎士団を操っていた黒ローブの聖職者の一人が、頭を抱えて叫び声を上げた。ユアンの光が、彼らの胸に潜んでいた教会への疑念をも照らし出している。自分たちがやってきたことは、神の御業ではない。禁術であり、冒涜であり、世界を傷つける行為だったのだと、光に触れた者から次々と気づかされていく。
「おかしい……!俺たちは、聖教会の正義を信じていたはずだ!それなのに、なぜこんなことを……!」
「やめろ、その光を見るな!心を乱されるな!あれは悪魔の所業だ!ぐ、ああっ……!」
聖職者たちは頭を押さえてうずくまり、聖骸騎士団は操る者を失って、戦場のあちこちでゆっくりと膝をついていく。
「――すごい……これが、ユアンの全力……」
ベリルは大鎌を地面に突き立て、呆然とした様子で光景を見ていた。魔王軍の兵士たちも、剣を握る手を緩め、光が包み込む戦場を見渡している。その場にいる誰もが、戦う理由が、憎しみが、少しずつ溶けていくのを感じていた。
「ユアン先生……!私、私にも何か……!」
ルーチェが聖印を胸に、祈るように手を合わせた。ユアンはうなずき、彼女の手を取る。
「一緒にやろう、ルーチェ。俺の力と、お前の聖女の力。二つを合わせれば、もっと多くの人を救える」
「……はい!」
ルーチェの聖光が、ユアンの世界修復の光と共鳴し、戦場にさらなる奇跡を起こす。聖騎士団の負傷した兵たちの魂が、恐怖と憎しみから解き放たれ、次々と剣を手放していく。勇気づけられたエルナも、氷の障壁を溶かしてその場にひざまずいた。フィアも、猫耳を垂らしながら涙をぬぐい、小声で祈るように呟いた。
「――これが、ユアンの力なんだにゃ。戦わないで、傷つけないで、それでいて、誰よりも強い。そんなユアンだから、あたしはついていきたいと思うにゃ」
聖骸騎士団の全滅――いや、解放とも言うべき光景を前に、黒ローブの聖職者たちは次々と投降し、生き残った連合軍の兵士たちも、武器を置いて空を見上げていた。
「俺たち……もう、いいんじゃないか。誰も、戦いたくなかったんだ」
「あの光の人がいる限り、戦争なんて、きっともう……」
「俺は、村に帰る。お前らも、早く家族の顔を見せてやれよ」
兵士たちは三々五々、故郷の方角へと歩き始める。追い打ちをかける魔王軍の兵士はいない。誰もが、光を浴びて己の心を癒やされたようだった。
戦場の中心で、ユアンは静かに目を閉じていた。まだ光は消えない。それは彼の意思に関係なく、あふれ続けていた。世界の傷を癒やそうとする星の予言の力が、ユアンの中で完全に覚醒していた。
「ユアン!もういい、もう十分だ!みんな、武器を置いた!戦いは終わった!」
ベリルが駆け寄って叫ぶ。ルーチェもエルナも、ユアンの体を支えようと手を伸ばす。
「……いや、まだです」
ユアンは目を開けた。その瞳は、星晶石と同じ深い輝きを宿していた。
「まだ、誰かの傷が残っている。この戦場の、もっと奥に、何か大きな痛みがある。――聞こえるんです。世界の、泣き声が」
ユアンの言葉に、全員が息を呑む。彼の視線の先には、連合軍の後方、ぽっかりと黒い穴のように開いた大地があった。そこからは、黒い瘴気がうっすらと立ち昇っている。
「あれは……!」
「世界の傷、か」
リリスが険しい表情で穴を見つめた。聖骸騎士団を生み出した教会の禁術は、おそらくあの穴から漏れる瘴気を利用していた。世界の傷は、戦場の怒りや憎しみを吸い、人々の心を蝕み、やがては戦争そのものを永遠に続けさせようとしている。あの穴を塞がなければ、本当の意味で平和は訪れない。
「――みんな、最後の仕事だ」
ユアンは拳を握りしめ、大穴に向かって歩き出した。
「あの傷を、癒やしに行こう。俺の、いや、俺たち四人の力で。――もう、誰も傷つかなくていい世界にするために」
エルナ、ルーチェ、フィアが、迷わず後に続く。リリスと四天王、テオバルト、バルザック、魔王軍の全てが、光を背負って歩く四人を見守っていた。
この瞬間、ユアンは名実ともに世界を癒やす者として、最大の試練に立ち向かおうとしていた。




