第26話 三つの試練
蒼穹の騎士を倒した四人は、新たに開かれた通路を進んでいた。先ほどまでの広間とは打って変わり、通路は狭く、天井も低い。壁面の星晶石の輝きも弱々しく、足元はかろうじて見える程度だ。
「なんだか、さっきまでと雰囲気が違うにゃ……」
「罠の気配がする。フィア、頼めるか」
「まっかせてにゃ!」
フィアが猫耳をピンと立て、通路の先をじっと見つめる。スパイ部隊で鍛え上げられた彼女の感覚は、この遺跡でも遺憾なく発揮されていた。
「……床の石畳、一枚おきに色が違うにゃ。それに、壁の小さな穴――たぶん、毒矢か何かが飛び出す仕掛けだにゃ」
「解除できるか」
「もちろんにゃ!ちょっと待っててほしいにゃ」
フィアは軽やかな身のこなしで通路に躍り出ると、床の石畳を一枚一枚慎重に確認しながら進んでいく。彼女の指先が石畳の継ぎ目をなぞり、壁の穴の奥を覗き込む。
「――ここだにゃ」
彼女が特定の石畳を押し込むと、壁の穴からかすかに空気の抜ける音がした。毒矢の発射機構が解除されたらしい。
「よし、これで安全だ。フィア、助かった」
「へへん、これくらい朝飯前にゃ!」
ユアンたちが通路を進もうとした、その時だった。
「――っ、ユアン先生、足元!」
ルーチェの叫びと同時に、ユアンの足元の石畳が突然消え去り、その下から深い闇が口を開けた。落とし穴だ。二重の罠だったのだ。
「ユアン!」
エルナがとっさに手を伸ばすが、間に合わない。ユアンの身体が宙に投げ出される。
(――やられた!)
落下しながら、ユアンの頭は妙に冷静だった。底は見えない。どれほどの深さかもわからない。しかし、彼の手はすでに自分の胸元に伸びていた。
「《完全回復》――落下衝撃に備えろ!」
自分自身にスキルを発動させる。落下の衝撃で砕けた骨も、裂けた内臓も、着地と同時に治癒するように術式を組んだ。どれほど深く落ちても、これで即死は免れる。
――しかし。
「――《氷結の床》!」
落下するユアンの真下に、分厚い氷の床が瞬時に形成された。エルナの魔法だ。ユアンは氷の上にどさりと落ち、氷はその衝撃で粉々に砕けたが、落下の勢いは十分に殺されていた。
「ユアン、大丈夫!?」
「……ああ、助かった。エルナ、ありがとう」
「礼はいいわ!それより、ここからどうやって脱出するか――」
エルナが言いかけた時、落とし穴の壁面から無数の小さな穴が開き、毒矢が一斉に放たれた。
「――っ、《聖盾結界》!」
今度はルーチェの聖属性の盾が、ユアンとエルナを包み込む。毒矢は光の盾に触れると同時に蒸発し、二人には一本も届かない。
「ルーチェ、ナイスタイミングだ!」
「先生、エルナさん、大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だ。――フィア、上からロープを頼めるか」
「もう用意してるにゃ!」
フィアが落とし穴の縁から丈夫なロープを垂らした。ユアンはエルナを先に押し上げ、自分もその後に続く。二人が這い上がると、フィアが心底ほっとした顔で猫耳を垂らした。
「……二重の罠なんて、古代の仕掛け人は性格が悪いにゃ」
「ああ。でも、こういうのはパーティで来ないと突破できないようにできてるんだろうな」
「どういうことだ、ユアン」
「さっきの罠、一人だったら確実に死んでた。俺が落ちて、エルナが氷で受け止めて、ルーチェが盾を張って、フィアがロープを垂らす――四人の誰が欠けても助からなかった。そういうふうに作られてるんだ、この遺跡は」
ユアンの言葉に、三人は顔を見合わせた。
「……試されてるんだな、俺たちは」
「チームワークってやつを試されてるにゃ!」
「それなら、私たちはきっと合格ですね」
ルーチェの笑顔に、全員がうなずいた。
通路の先で、四人は小さな部屋に出た。
部屋の中央には、台座に載せられた一体の石像があった。目隠しをした女神の像で、その両手には天秤が握られている。そして部屋の四方には、それぞれ異なる色の魔法陣が浮かび上がっていた。
「今度は何だ……?罠か、それとも」
「あの天秤、ただの飾りじゃないわ。見て、魔法陣と連動してる」
エルナが指さす先で、石像の天秤がかすかに揺れている。どうやら部屋に入った者の魔力の重さを測っているらしい。
「何かを量ってる……?もしかして、俺たち全員の魔力を均等にしないと先に進めないとか」
「そんなの、どうやって……」
ルーチェが困った顔で魔法陣を見つめる。四方の魔法陣はそれぞれが異なる属性――火、水、土、風――を象徴しており、どうやら四人がそれぞれの魔法陣に魔力を注ぎ込み、天秤のバランスを取る必要があるらしかった。
「火の魔法陣――これは俺には無理だ。攻撃魔法は使えない」
「水は私の氷魔法でなんとかできるかも。でも、他の二つは……」
「風はあたしも無理にゃ!土もわからないにゃ!」
「私の聖魔法は、どれにも属さないみたいで……」
ここで、四人は完全に手詰まりになった。エルナが氷魔法で水の魔法陣に魔力を注ぐが、他の魔法陣が反応せず、天秤は傾いたままだ。誰かが火と土と風を担当しなければ、この試練は突破できない。
「……くそ、やっぱり攻撃魔法を使える者がいないとダメなのか」
「そんなことないにゃ!きっと何か方法があるはずだにゃ!」
「フィアの言う通りだわ。古代魔法文明の試練は、パーティの連携を試すものだったはず。ということは、戦闘力だけを見ているわけじゃない――」
エルナが額に手を当てて考え込む。ユアンもまた、部屋を見回しながら思考を巡らせた。攻撃魔法が使えなければ突破できない試練。それなら確かに、自分たちはここで立ち往生するしかない。だが――本当にそうか。この遺跡は、三つの問いに答えし者のみ最深部へ行けると書かれていた。最初の守護者は「力」を試し、二番目は「知識」と「連携」を試した。ならば三番目は――。
「……逆だ」
ユアンはぽつりと呟いた。
「逆?何がだ、ユアン」
「エルナ、火の魔法陣に氷魔法を打ち込め」
「え……?でも、それじゃあ属性が反発して――」
「ああ。反発する。でもそれが鍵だ。この試練、均等に魔力を注ぐのが正解じゃない。むしろ、全員が同じ場所に魔力を集中させて、天秤を意図的に壊すんだ」
「壊す!?」
「見ろ、天秤の目盛りを。今、エルナが水に魔力を注いで傾いた。だがその時、他の魔法陣の光が少しだけ強まった。つまり、バランスを取ること自体が罠だ。バランスを取ろうとすればするほど、天秤は魔力を吸い上げて不安定になる。ならば――いっそ、壊してしまえばいい」
ユアンの言葉に、三人は顔を見合わせた。そして、エルナが最初にうなずく。
「……わかった。信じるわ、ユアン」
「あたしもにゃ!どうせこのままじゃ進めないんだし!」
「私もです!先生の考えを信じます!」
四人はそれぞれの持ち場についた。正確には、全員が同じ場所――部屋の中央、天秤を持つ女神像の正面に。
「――今だ、一斉に!」
エルナの氷槍、ルーチェの聖光の矢、フィアの全力の投げナイフ、そしてユアンの《完全回復》の光――まったく異なる四つの力が、天秤の一点に集中する。天秤は耐えきれずに激しく震え、そして――。
――パリン。
乾いた音とともに、天秤が真っ二つに砕け散った。同時に、部屋の四方の魔法陣が一斉に光を失い、女神像の目隠しがぱっくりと割れて、その下から優しげな双眸が現れる。
「――第三の試練、突破を確認。よくぞ常識を疑い、新たな答えを導き出した。汝らに、最深部への道を開く」
女神像がそう告げると、部屋の奥の壁が音もなく消え去り、輝く回廊が姿を現した。その先には――遺跡の心臓部と思われる、巨大なドーム状の空間が広がっている。
「……やったのか?」
「やったんだにゃ!ユアンの読み通りだにゃ!」
「すごいです、先生!どうして天秤を壊すのが正解だってわかったんですか?」
「……なんとなく、だ。俺はずっと『バランスが大事だ』って言われ続けてきたからな。戦闘と回復のバランス、攻撃と守りのバランス。でも、ここで学んだんだ。時にはバランスを取ることより、自分の信じるやり方を貫くことの方が大事だって」
ユアンはエルナたちの顔を見渡し、笑った。
「俺には攻撃魔法はない。でも、その代わりに、三人を信じて指示を出すことができる。そして三人は、俺の指示を信じて動いてくれる。それが、俺たちのパーティのやり方だ」
「ユアン……!」
「にゃー、ユアンがリーダーっぽいこと言ってるにゃ!」
「先生、かっこいいです……!」
ユアンは照れくさそうに頭をかき、輝く回廊へと歩き出す。
「さあ、最深部だ。星の御座の最奥で、この遺跡が三百年守り続けてきた真実を確かめよう」
「「「おー!」」」
四人は横一列に並び、光り輝く回廊を進んでいく。遺跡の心臓部で待つもの。テオバルトが三百年前に辿り着けなかった真実。古代魔法文明が遺した最後の問い。そのすべてが、この先で明らかになるはずだった。




