第25話 蒼穹の守護者
通路を進むこと、おそらく一刻ほどが過ぎただろうか。罠をいくつか解除し、枝分かれした分岐を地図と照合しながら、四人は巨大な広間にたどり着いた。
「なんだ、ここ……広すぎるにゃ」
フィアの猫耳が、不安げに伏せられる。
広間は、それまでの石造りの通路とはまったく異質だった。天井は闇に溶けるほど高く、壁も床もすべてが青白く発光する未知の鉱石で覆われている。空気は冷たく、かすかな振動が足元から伝わってきた。広間の中央には巨大な魔法陣が描かれ、その上に何かが眠っている。
「この鉱石……古代魔法文明の記録にある『星晶石』だわ。魔力を増幅する性質があるって、魔導書で読んだことがある。でも、こんなに大量に存在するなんて……」
エルナが壁面にそっと手を触れる。その瞬間、広間全体の光が強まり、中央の魔法陣が脈動を始めた。
「――っ、エルナ、何か来る!」
ユアンが叫ぶより早く、魔法陣の中央から青白い光の柱が立ち上った。光はみるみる凝縮し、人型を形作っていく。身の丈は優に三メートルを超える。全身は星晶石でできた鎧に覆われ、両腕には刃渡り一メートルはあろうかという光の剣が握られていた。頭部には三つの瞳が輝き、それがギョロリと四人を捉える。
「――侵入者を確認。星の御座、第二の間の守護者たる我が名は『蒼穹の騎士』。試練を求める者よ、力あるところを示せ」
大気を震わせる重低音の声。それが古代魔法文明の遺物――守護ゴーレムであることは、エルナの知識を待つまでもなく明らかだった。
「来るぞ!フィア、右!エルナ、左から援護!ルーチェは防御結界!」
ユアンの指示が広間に響く。それはもはや、かつてパーティの最後尾でうつむいていた男の声ではなかった。三人は即座に散開し、それぞれの持ち場につく。
「まっかせてにゃ!」
フィアが真っ先に動いた。身軽な体躯を活かしてゴーレムの背後に回り込み、両手のグローブから伸びた鋭い爪で関節部を狙う。しかし、星晶石の装甲は硬く、火花が散るだけで致命傷には至らない。
「硬すぎるにゃ……!」
「フィア、一旦下がれ!」
エルナが魔導書を広げ、詠唱に入る。
「氷の精霊よ、我が敵を凍てつく牢に封じよ――《氷結牢獄》!」
床から無数の氷柱が突き出し、ゴーレムの下半身を凍りつかせる。動きが止まった――かに見えたが、次の瞬間、ゴーレムの光の剣が氷柱を粉砕し、エルナに向かって振り下ろされた。
「――っ!」
「《聖盾結界》!」
間一髪、ルーチェの聖属性の盾がエルナを守る。しかし、ゴーレムの一撃は聖盾さえも打ち砕き、ルーチェは衝撃で後方に吹き飛ばされた。
「ルーチェ!」
「まだ、大丈夫です……!」
ルーチェは立ち上がりながらも、腕から血を流している。ゴーレムの三つの瞳が、今度はルーチェを標的として輝いた。
「まずい――」
駆け寄ろうとするユアンの目の前で、蒼穹の騎士は初めの一撃よりも速く、重く、エルナとルーチェに同時に斬りかかろうと腕を振りかぶっていた。フィアの妨害も間に合わず、エルナは魔法の詠唱に集中していて反応が遅れ、ルーチェは防御体勢が間に合わない。
「ユアン、避けろ!」「先生、前に出ちゃだめです!」
ユアンは二人の叫びを聞きながら、迷わず二人の前に立った。ゴーレムの光の剣が、そのままユアンの左肩から脇腹にかけて斜めに斬り裂く。鮮血が飛び散り、ユアンは片膝をついた。
「にゃああっ!ユアンが斬られたにゃ!」
「ユアン、なんで……!」
「――お前たちが傷つくより、俺が斬られた方がマシだ」
ユアンは血まみれの口元で笑った。ゴーレムがとどめを刺そうと剣を振り上げる。
「《完全回復》」
純白の光がユアンの全身を包み、斬り裂かれた傷が一瞬で消え去る。ユアンは何事もなかったかのように立ち上がり、傷ついたルーチェの肩にもそっと手を触れた。彼女の腕の傷もまた、瞬時に癒えていく。
「ユアン……まさか、自分を囮に」
「ああ。俺を斬ってる間、お前たちは攻撃に集中できる。俺は何度斬られても死なない。――さあ、反撃開始だ」
ユアンの言葉に、三人の目が変わった。フィアは猫耳をピンと立て、獰猛な笑みを浮かべる。
「なるほどにゃ!それならもう遠慮しないにゃ!」
「私も、全力で行くわ。――氷の精霊よ、我が魔力を刃に変えよ!《氷槍連舞》!」
「私だって、もう守ってばかりじゃいられません!――《聖光の矢》!」
フィアがゴーレムの足を掬い、バランスを崩したところにエルナの氷槍が装甲の隙間を貫き、ルーチェの聖光の矢が関節部を正確に射抜く。ゴーレムの動きが明らかに鈍った。だがそれでも、巨大な光の剣がフィアの肩をかすめ、エルナの頬を斬り裂く。
「――治した。まだ行けるな」
「もちろん!」「はい!」「当たり前にゃ!」
ユアンの《完全回復》が瞬時に傷を消し去り、三人はまったくひるむことなく攻撃を続ける。蒼穹の騎士は徐々に押され始めていた。三つの瞳が不規則に明滅し、その動きにも迷いが生じている。ユアンは戦闘のさなか、ゴーレムの胸の中央、三つの瞳が守るように取り囲んでいる一点をじっと観察していた。そこだけ星晶石の色が違う。深い青色の核のようなものが、かすかに脈動している。
「フィア、胸の中央だ!あれが核のはずだ!」
「わかったにゃ!――エルナ、ルーチェ!」
「ええ!」「はい!」
フィアがゴーレムの注意を引きつけ、エルナの最大出力の氷槍が胸部の装甲にヒビを入れる。ルーチェの聖光が三つの瞳を一時的に眩ませ、そしてユアンが指示を飛ばす。
「フィア――今だ!」
「――にゃあああっ!」
フィアが渾身の跳躍でゴーレムの胸元に飛び込み、両手の爪を核に突き立てた。深い青色の核にヒビが入り、そこから眩い光が溢れ出す。
「――認めよう。汝らに、第二の間を通過する資格あり」
蒼穹の騎士の声が広間に響き渡り、その巨体がゆっくりと膝をついた。全身を覆っていた星晶石の鎧が徐々に光を失い、やがてゴーレムは静かに動きを止める。広間の奥の壁が音もなく左右に開き、新たな通路が姿を現した。
「……はあっ、はあっ……やった、にゃ……!」
「すごい……本当に倒しちゃった……!」
「ユアン先生、私たち……!」
三人が振り返ると、ユアンは壁にもたれかかって笑っていた。何度も斬られては治しを繰り返したせいで、魔力はすっかり底をついている。顔色は青白く、額には脂汗が滲んでいたが、それでもその目はしっかりと開かれている。
「みんな、怪我はないな」
「ユアンこそ、何回斬られたと思ってるの……!」
「覚えてない。十回は斬られたかもな」
「笑い事じゃないにゃ!もう、ユアンの無茶は心臓に悪いにゃ!」
口々に言いながらも、三人の顔には達成感が満ちていた。ルーチェがハンカチを取り出し、ユアンの額の汗をそっと拭う。
「先生、私、わかりました」
「何がだ」
「先生は戦えないんじゃない。戦わないだけで、戦闘になるとああやって真っ先に自分を盾にするんだって。そして私たちを信じて、攻撃を全部任せてくれるんだって。……だから私たち、あんなに思い切り戦えたんです」
「……俺はただ、回復しかできないからな。お前たちを信じるしかなかっただけだ」
「それが、何より嬉しいにゃ」
フィアがユアンの肩に頭をこつんとぶつけた。
「あたし、ユアンがリーダーで本当に良かったにゃ」
「……みんな、ありがとう。でも休憩はここまでだ。まだ先がある。最深部まで、あとどれくらいだ?」
「地図によると、この先に最後の間があるはずだわ。三つの試練の、最後の一つ」
「よし、行こう。――この遺跡の最奥に、何があるのか確かめるんだ」
「「「おー!」」」
青白く発光する壁に囲まれた通路を、四人はゆっくりと進み始めた。その足取りには、もう迷いはない。
ユアンは先頭を歩きながら、そっと胸元のペンダントに触れた。テオバルトから託された、古びたお守り。この遺跡に込められた想い。かつて最強の勇者が攻略できなかったダンジョンを、今、自分のパーティで踏破しようとしている。
(テオバルトさん。俺たち、必ず最深部に辿り着きます。そして――あなたが果たせなかったことを、俺たちが果たします)
背後では、フィアがエルナに氷の魔法で冷やしてもらいながら「生き返るにゃ〜」とだらしなく伸びをし、ルーチェが次の間に向けて聖属性の感知を広げている。ユアンはその気配を背中で感じながら、確信にも似た予感を胸に抱いていた。ここに来るべきだったのだ。この四人で、この遺跡に。青白く発光する壁に囲まれた通路を、四人はゆっくりと進み始める。彼らの足取りには、もう迷いはなかった。




