第19話 華麗なる奪還作戦
旧市街の外れ。かつて礼拝堂だった廃墟の前で、フィアはぴたりと足を止めた。
「ここにゃ。ユアンの匂いが一番強いにゃ」
「間違いないわ。聖属性魔力の残滓も、この建物の中に集まっている」
エルナが両手を広げ、氷の結晶を宙に浮かべる。青白い光が廃墟の床下を指し示していた。地下に何かある。ルーチェもまた、聖女見習いとしての感覚を研ぎ澄まし、廃墟の中に潜む複数の気配を感じ取っていた。
「……五、いえ、六人。聖魔力を持った者が三人、それ以外が三人です」
「敵戦力は六人か。こちらは三人だが――」
「関係ないにゃ。ユアンを返してもらうにゃ!」
「ええ。私の氷魔法で一気に制圧する」
「私は聖属性の盾を張ります。味方への呪いや状態異常は私が防ぎます!」
三人は顔を見合わせ、深くうなずいた。すでに言葉はいらない。それぞれが自分の役割を理解し、仲間を信頼している。フィアが猫耳を寝かせ、声を潜める。
「作戦はこうにゃ。まずあたしが裏口から忍び込んで、ユアンの居場所を特定する。そのあと合図を送るから、エルナが正面から突入して撹乱。ルーチェは聖属性の防御結界を張りながら、敵の魔法を封じてほしいにゃ」
「フィア、正面は私一人でいいの?」
「大丈夫にゃ。あたしもすぐに合流するにゃ。それに――どうせすぐにユアンも戦力になるにゃ」
「ユアンは戦闘ができないんじゃ……」
「回復ができるにゃ。つまり、あたしたちは思い切り戦えるってことだにゃ!」
フィアはにかっと笑い、音もなく廃墟の裏口へと消えていった。
地下牢の鉄扉が、勢いよく開かれた。
「おい、白魔術師!どうやらお前の仲間が動いているらしい。作戦を変更する。お前には今すぐ念話でベリルに『協定を破棄しろ』と伝えてもら――」
黒装束の男が早口でまくしたてながら部屋に飛び込んできたが、その言葉は途中で途切れた。
ユアンが、薄く笑っている。縛られたまま、石壁にもたれて座っているだけの男が、まるで全てを見透かすような目でこちらを見つめていた。
「な、なにがおかしい……!」
「いや、やっぱりな、と思って」
「なに……?」
「お前たち、俺を『戦闘力ゼロの最弱』って言ったよな」
「……それがどうした」
「俺には確かに、武器も攻撃魔法もない。でもな――」
その時だった。
天井の通風孔から、小さな影が音もなく降り立った。
「――でも、仲間ならいるにゃ!」
フィアの鋭い猫パンチが、男の後頭部に炸裂した。
「ぐあっ!?」
「油断大敵にゃ!ユアンを傷つけた報いは高くつくにゃ!」
男がよろめく隙に、フィアは手際よくユアンの縄を切り裂いた。同時に、地上からは轟音が響き渡る。
「正面から行くわ――《氷槍乱舞》!」
エルナの放った無数の氷の槍が、廃墟の入り口を守っていた見張り二人を一瞬で凍りつかせた。彼女は迷いなく地下へと続く階段を駆け下り、待ち伏せていた魔術師と対峙する。
「何者だ、お前たちは――!」
「魔王軍使節団、氷の魔導師エルナ!ユアンを返してもらうわ!」
「ふざけるな!あの男を渡すわけには――」
「――《聖盾結界》!」
階段の上からルーチェが飛び込み、聖属性の光の盾を展開した。敵の放った闇属性の呪縛魔法が、光の盾に触れた瞬間、霧のように消散する。
「な、なんだと……聖女見習いがなぜ魔王軍に……!」
「私はユアン先生の弟子です!先生を傷つける者には、一切の容赦をしません!」
ルーチェの声は震えていたが、その瞳に迷いはなかった。彼女は教会で培った聖魔法の知識をフルに活用し、相手の術式を次々に解析しては無効化していく。
(この子たち……たった三人で、ここまでやるなんてな)
縄を解かれたユアンは、感心しながら三人の戦いぶりを見守っていた。正直、これほど完璧な連携だとは思わなかった。フィアの隠密行動と撹乱。エルナの圧倒的な攻撃力。ルーチェの防御と支援。それぞれの役割がぴたりと噛み合っている。
(魔王城で、みんな確かに成長してたんだな。それなら――俺も)
「ユアン、伏せてるにゃ!」
「ああ、大丈夫だ。それよりフィア――左腕を出せ」
フィアがとっさに左腕を差し出すと、切り傷から血が滲んでいる。いつの間にか敵の短剣がかすめたらしい。ユアンはその傷にそっと手をかざした。
「《全快癒光》――小規模版」
純白の光がフィアの腕を包み込み、傷が瞬時に塞がる。
「にゃっ!ありがとにゃ、ユアン!これでまだまだ戦えるにゃ!」
「ああ、思い切りやってこい。傷は全部俺が治す」
「――っ、最高にゃ!」
フィアは満面の笑みを浮かべ、再び戦闘へと飛び込んでいった。
そこから先は、まさに無双だった。
「エルナ、右肩の打撲を治したぞ!」
「助かる!――《氷結の槍》!」
「ルーチェ、魔力切れの手前だな。今、補充する」
「えっ、魔力まで回復できるんですか!?」
「《完全回復》は失われた魔力も対象だ。ただし、あまり連発すると俺が倒れるから気をつけろ」
「わかりました!――《聖光の矢》!」
ユアンの回復魔法が加わったことで、三人は一切の手加減なく戦えるようになった。多少の傷は即座に治癒され、消耗した魔力は補充される。まさに無敵の布陣だった。
「な、なんなんだこいつらは……!ありえない!」
「おかしい……作戦では、白魔術師は戦闘力ゼロのはず……!」
「それがどうして、こんな……まるで、四人で一つの怪物みたいじゃないか……!」
黒装束の男たちは、次々となだれ込んでくる王都の警備兵たちに取り囲まれ、逃走も叶わずその場に崩れ落ちた。先ほどまでユアンを「戦闘力ゼロ」と嘲っていた先頭の男も、もはや抵抗する気力を失ったように天井を仰いでいる。
ユアンは静かに男の前に歩み寄った。
「――回復しか能がない、か」
「なに……?」
「お前たちは俺をそう呼んだ。間違いじゃない。俺に戦闘力はない。でもな」
ユアンは振り返り、自分を守るように立つ三人の仲間たちを見た。
「俺には仲間がいる。俺が回復すれば、仲間は何度でも立ち上がれる。どれだけ敵が強くても、どれだけ深い傷を負っても、俺が癒やす。それが俺の戦い方だ」
「…………」
「お前たちは、俺を魔王城から切り離せば無力だと思ったんだろう。でも違う。俺は一人じゃない。だから俺は――もう『無能』じゃないんだ」
男は何か言おうとしたが、その前に警備兵たちに引き立てられていった。
廃墟の地下牢に、静けさが戻る。
「ユアン!大丈夫か」
そこへ、ベリルが駆けつけてきた。王宮で事態の収拾をつけ、すぐに救援に来たらしい。その後ろにはガルム騎士王国の騎士団も控えている。
「ベリル、遅かったな」
「……すまない、私の監督不行き届きだ」
「そんな顔をするな。それより、調印式は」
「延期に決まっている。今からでも王宮に戻れば、午後のうちに執り行える。――だが」
ベリルはちらりとユアンの服についた泥を見た。
「お前は一度休んだほうがいい。睡眠薬の影響が残っているはずだ」
「いや、俺も調印式に出る。最後まで補佐官の仕事を全うしたい」
「……本当に頑固だな」
「ベリルにだけは言われたくない」
ユアンが笑うと、ベリルは呆れたようにため息をつき、それから少しだけ口元を緩めた。
廃墟を出ると、昼下がりの陽光が目に染みた。ユアンは仲間たちの顔を順番に見て、深く頭を下げる。
「みんな、ありがとう。助けに来てくれて」
「当然だにゃ!ユアンはあたしの大事なごはん仲間だもんにゃ!」
「……私は、借りを返しただけ。まだ全部は返せてないけど」
「ユアン先生!私、今日初めて聖魔法を実戦で使えました。これも全部、先生のおかげです!」
三人は口々に言いながら、ユアンの周りに集まった。猫耳を揺らすフィア。照れくさそうに微笑むエルナ。涙をぬぐいながら笑うルーチェ。その様子を少し離れて見守るベリルが、焼き栗の紙袋を取り出しながら小さく呟く。
「全く、手のかかる補佐官だ」
それは、魔王城で過ごした穏やかな日々と同じ、しかしどこか少しだけ温かさの増した、奪還の朝の光景だった。




