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死者専用アパートの管理人になった俺、なぜか成仏できない美少女たちに懐かれる  作者: 鷹司 怜


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第四話 花屋のおばさん


「……ごめんね」


花屋の女性は何度も同じ言葉を繰り返していた。


結衣は呆然としている。


俺も状況が飲み込めなかった。


店の奥には結衣の写真。


その前には白い花。


そして小さな線香立て。


誰が見ても分かる。


そこは簡易的な仏壇だった。


「結衣ちゃん……」


女性は涙を流しながら写真に触れる。


「毎日来てるのよ」


「毎日?」


思わず聞き返す。


「あなたに会いたくて」


その言葉に結衣の肩が震えた。


「私を……知ってるんですか?」


女性は顔を上げた。


そして泣き笑いのような表情になる。


「当たり前でしょう」


かすれた声だった。


「十年も一緒にいたんだから」


花屋の二階。


小さな居間に通された。


女性の名前は山本和子。


結衣の家の隣人だった。


だが話を聞くうちに、その関係は単なる近所付き合いではなかったと分かる。


「結衣ちゃんのお母さんは、結衣ちゃんが小さい頃に亡くなったの」


結衣は静かに聞いていた。


「お父さんも仕事ばかりでね」


和子は懐かしそうに笑う。


「だから毎日のようにうちへ来てた」


「私が?」


「そう」


和子は頷く。


「花が好きだったのよ」


結衣の目が少しだけ見開いた。


その瞬間。


断片的な映像が頭をよぎったらしい。


「白い……花」


小さく呟く。


「え?」


「なんだろう……」


結衣はこめかみを押さえた。


苦しそうな顔。


「白い花を持って……」


そこまで言って止まる。


思い出せない。


記憶が霧の向こうにあるようだった。


「無理しなくていいよ」


和子が優しく言う。


だがその目は悲しかった。


まるで何かを隠しているようだった。


夕方。


店を出た後も結衣は黙っていた。


帰り道。


商店街を歩く。


いつもの明るさがない。


「大丈夫か?」


声をかける。


結衣は少し笑った。


「分からないんです」


「何が?」


「嬉しいんです」


彼女は空を見上げた。


「誰かが私を覚えてくれてた」


夕焼けが瞳に映る。


「でも怖い」


「怖い?」


「思い出したくないことまで思い出しそうで」


その言葉に俺は返事ができなかった。


きっとそうなのだろう。


記憶を失うほどの死。


そこに幸せな思い出だけがあるはずがない。


その夜。


夕凪荘へ戻ると、佐伯さんが待っていた。


「どうだった?」


「少しだけ手掛かりが見つかった」


そう答える。


佐伯さんは頷いた。


そして静かに言った。


「結衣ちゃんはね」


珍しく真面目な声だった。


「死んだことを受け入れていない」


俺は眉をひそめた。


「受け入れていない?」


「だから記憶を閉じている」


窓の外を見る。


夜風が吹いていた。


「人は強すぎる後悔や悲しみを抱えると、自分で心を閉ざすことがあるんだよ」


その言葉が胸に残った。


結衣は何を見たのだろう。


何を失ったのだろう。


深夜。


眠れずに廊下へ出る。


すると中庭に人影があった。


結衣だった。


一人でブランコに座っている。


月明かりに照らされながら。


「寝ないのか?」


声をかける。


彼女は少し驚いた。


「管理人さんこそ」


「俺は眠れない」


「私もです」


二人で夜空を見上げた。


しばらく沈黙が続く。


やがて結衣が呟いた。


「私……」


「うん」


「誰かと約束してた気がするんです」


風が吹く。


ブランコが揺れる。


「すごく大切な約束」


彼女は胸を押さえた。


「思い出せないのに、忘れちゃいけない気がする」


その瞬間だった。


結衣の身体がふっと光る。


俺は目を見開いた。


彼女の周囲に、白い花びらのような光が舞っている。


そして一瞬だけ。


彼女の記憶が流れ込んできた。


雨。


交差点。


赤信号。


誰かの名前を呼ぶ声。


そして――


激しいブレーキ音。


「結衣!」


思わず叫ぶ。


映像は消えた。


結衣も驚いていた。


「今……見えました?」


「何が」


「私の記憶」


心臓が激しく鳴る。


偶然じゃない。


俺には結衣の記憶が見えた。


そして、その記憶の最後。


誰かが叫んでいた名前があった。


結衣ではない。


別の誰かの名前。


その名前だけがなぜか耳に残っていた。


――悠人。


俺自身の名前だった。

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