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死者専用アパートの管理人になった俺、なぜか成仏できない美少女たちに懐かれる  作者: 鷹司 怜


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第十七話 終着駅・第零ホーム


――助けて


佐伯咲子


日誌に浮かび上がった文字を、俺は何度も見返した。


見間違いではない。


確かに佐伯さんの名前だった。


あの人はもう管理人を終えたはずだ。


住人たちを送り出し。


俺に夕凪荘を託し。


消えたはずだった。


なのに。


なぜ助けを求めている。


俺は机の上の鍵を見つめた。


銀色の鍵。


『終着駅・第零ホーム』


そう刻まれている。


胸騒ぎが止まらなかった。


翌夜。


俺は終着駅へ向かった。


ひなたは夕凪荘に残した。


危険な予感がしたからだ。


ホームには誰もいない。


終電もない。


風だけが吹いている。


だが今夜は違った。


ホームの一番奥。


普段は存在しない階段が現れていた。


地下へ続いている。


まるで闇の中へ降りる階段だった。


俺はゆっくり足を踏み出した。


階段は異様に長かった。


降りても。


降りても。


終わらない。


やがて。


鉄の扉が現れた。


古びた扉。


中央には鍵穴。


俺は銀色の鍵を差し込む。


カチリ。


小さな音。


そして扉が開いた。


そこは駅だった。


だが見たことのない光景だった。


無数のホーム。


無数の線路。


どこまでも続く闇。


その中心に巨大な時計がある。


時計の針は止まっていた。


0時0分。


永遠に。


「ここが……」


声が震える。


「第零ホーム」


その時だった。


背後から声がした。


「来てしまったんだね」


振り返る。


俺は息を呑んだ。


佐伯さんだった。


しかし。


どこか違う。


若い。


三十代くらいに見える。


髪は黒い。


背筋も伸びている。


俺が知る老いた管理人ではなかった。


「佐伯さん……」


彼女は微笑む。


だがその瞳は悲しかった。


「久しぶりだね」


「何が起きてるんですか」


俺は詰め寄る。


「助けてってどういう意味です」


佐伯さんは答えなかった。


代わりに時計を見上げた。


0時0分。


止まったままの時計。


「悠人くん」


静かな声。


「夕凪荘が何のために作られたと思う?」


俺は答えられない。


迷える魂を救うため。


そう思っていた。


だが違うのだろう。


「夕凪荘はね」


佐伯さんが言う。


「本当は一人のために作られた場所なんだ」


空気が凍った。


七十年前。


まだ戦後間もない頃。


佐伯咲子は恋人を失った。


それは聞いている。


だが真実は違った。


恋人は死んでいなかった。


生と死の狭間に取り残されていた。


どこにも行けず。


消えることもできず。


永遠に迷い続けていた。


咲子は彼を探した。


何十年も。


何百年にも感じる時間を。


そして辿り着いた。


この場所へ。


第零ホームへ。


「ここは終わらなかった魂の墓場」


佐伯さんが言う。


闇の向こうを見つめながら。


「成仏もできない」


「消えることもできない」


「誰からも忘れられた魂たちが集まる場所」


俺は言葉を失った。


ホームの奥を見た。


人影がいる。


何百。


何千。


いや。


数え切れないほど。


全員が座っている。


動かない。


喋らない。


ただ待っている。


何かを。


永遠に。


「夕凪荘は避難所だった」


佐伯さんが続ける。


「ここへ落ちる魂を救うための」


胸が苦しくなる。


つまり。


夕凪荘へ辿り着けなかった者は。


この場所へ来るのか。


「でも」


佐伯さんの声が震えた。


「限界が来た」


巨大な時計を見上げる。


すると時計に亀裂が入っていた。


大きな亀裂。


今にも砕けそうだ。


「時計が壊れたら」


佐伯さんが言う。


「夕凪荘も消える」


俺の血の気が引いた。


その時だった。


闇の向こうから足音が聞こえる。


コツ。


コツ。


コツ。


誰かが歩いてくる。


ゆっくりと。


確実に。


そして姿が見えた。


男だった。


軍服を着ている。


若い。


二十代くらい。


佐伯さんが息を呑む。


震えている。


涙まで浮かべている。


俺は初めて見た。


あの人のそんな顔を。


「……俊介さん」


佐伯さんが呟く。


男は立ち止まった。


優しい顔だった。


だが目だけが空っぽだった。


魂が抜け落ちたように。


「やっと」


佐伯さんが泣く。


七十年。


待ち続けた人。


愛し続けた人。


ようやく会えたのだ。


だが。


男は何も言わなかった。


佐伯さんを見ても。


反応しない。


覚えていないのだ。


自分が誰なのかも。


愛した人も。


何もかも。


「だから助けてほしいの」


佐伯さんは涙を流した。


「私は管理人だった」


「みんなを救ってきた」


「でも……」


声が震える。


「一番救いたかった人だけ救えなかった」


胸が締め付けられる。


それが。


佐伯咲子の未練。


七十年間。


誰にも言わなかった願い。


その時。


巨大時計の亀裂がさらに広がった。


バキッ――


轟音が響く。


ホーム全体が揺れる。


悲鳴が聞こえる。


無数の魂たちがざわめく。


佐伯さんが青ざめる。


「始まった……」


「何が」


俺が叫ぶ。


その瞬間。


時計の中心が砕けた。


闇が溢れ出す。


黒い津波のように。


全てを飲み込もうとしていた。


そして。


闇の中心から。


聞き覚えのある声が響く。


「悠人くん」


俺は凍り付いた。


結衣の声だった。


だが。


その声は泣いていた。


「早く来て」


闇の向こうから。


助けを求めるように。


「私が消えちゃう前に――」


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