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死者専用アパートの管理人になった俺、なぜか成仏できない美少女たちに懐かれる  作者: 鷹司 怜


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第十話 夕凪荘の管理人


「生へ戻るか」


死神の声が夜空を震わせる。


「彼女と共に消えるか」


俺は結衣の手を握ったまま動けなかった。


選べるわけがない。


ようやく再会した。


ようやく想いを伝えられた。


それなのに。


また失えというのか。


「やめてください!」


結衣が叫ぶ。


「そんな選択、悠人くんにさせないで!」


死神たちは沈黙したまま空を埋め尽くしている。


まるで判決を待つ裁判官のように。


その時だった。


「もういいよ」


静かな声が響いた。


佐伯さんだった。


小柄な身体で前へ出る。


住人たちが驚く。


「佐伯さん……」


俺が呼ぶ。


だが大家は振り向かない。


夜空を見上げたまま言った。


「そろそろ話さなきゃいけないね」


風が吹く。


白髪が揺れる。


その背中が少しだけ寂しそうだった。


「夕凪荘が何なのか」


住人たちは静まり返った。


誰も口を開かない。


佐伯さんはゆっくり語り始める。


「ここはね」


夜空の裂け目を見上げる。


「迷った魂の待合室なんだ」


俺は息を呑む。


「待合室?」


「そう」


佐伯さんは頷く。


「死んだことを受け入れられない者」


「生きることを諦めた者」


「大切な人を残した者」


「後悔を抱えた者」


声は優しい。


母親が子供へ昔話を聞かせるように。


「そういう人たちが最後に辿り着く場所」


住人たちが俯く。


皆それぞれの未練を抱えてここへ来たのだ。


「じゃあ管理人って……」


俺は尋ねた。


佐伯さんは微笑む。


「道案内だよ」


「道案内?」


「迷子を送り出す仕事」


その瞬間。


胸の奥で何かが繋がった。


だから管理人だったのか。


だから住人たちの未練を解決する役目だったのか。


「そして」


佐伯さんの表情が変わる。


少しだけ悲しく。


少しだけ誇らしく。


「私も昔は迷子だった」


空気が止まった。


住人たちが顔を上げる。


「え?」


結衣も目を見開く。


佐伯さんは笑った。


「驚くことじゃないさ」


そして静かに語り始める。


七十年前。


まだ若かった頃。


佐伯咲子は恋人と結婚を約束していた。


だが戦争が終わったばかりの時代だった。


恋人は遠くへ働きに出た。


「必ず帰る」


そう約束して。


しかし帰ってこなかった。


事故だった。


若くして亡くなった。


咲子は受け入れられなかった。


何年も。


何十年も。


泣き続けた。


そして死んだ後。


気付けばこの場所にいた。


「私は待ってたんだ」


夜空を見上げる。


「ずっと」


住人たちが静かに聞いている。


「でもね」


佐伯さんは笑った。


「ある日気付いた」


「何を?」


俺が聞く。


「待つだけじゃ駄目なんだって」


その言葉が胸に刺さった。


「愛する人が残してくれた人生を」


「ちゃんと生きなきゃいけないんだって」


静寂。


風だけが吹いている。


「だから私は管理人になった」


住人たちを見る。


一人一人を。


我が子を見るように。


「迷った人たちを送り出すために」


その時だった。


空に浮かぶ死神たちが一斉に膝をついた。


俺は驚く。


結衣も息を呑む。


死神たちは佐伯さんへ頭を下げていた。


まるで王に対する臣下のように。


「まさか……」


俺は気付く。


佐伯さんは静かに微笑んだ。


「そういうこと」


そして言った。


「私はこの場所の最初の管理人だよ」


夜空が揺れる。


住人たちがざわめく。


死神ですら敬意を払う存在。


それが佐伯咲子だった。



だが。


本当の衝撃はその後だった。


佐伯さんは俺を見た。


まっすぐに。


逃げられないほど真剣な目で。


「悠人くん」


「はい」


「次の管理人になりなさい」


俺は言葉を失った。


「……え?」


結衣も顔を上げる。


住人たちも息を呑む。


「何を言ってるんですか」


俺は首を振る。


「俺は生き返るかもしれないんですよ」


「そうだね」


「なら――」


「でも」


佐伯さんは続けた。


その声は優しかった。


だからこそ残酷だった。


「生き返ったら、結衣ちゃんは救えない」


世界が静止した。


結衣も固まる。


俺も理解できない。


「どういう意味ですか」


佐伯さんは夜空を見上げた。


裂け目の向こう。


死者たちの世界を。


そして静かに告げる。


「雨宮結衣は、本来ならもう消えている魂なんだ」


その言葉に結衣が震えた。


「え……」


「彼女は君を待つためだけに残っていた」


俺の心臓が止まりそうになる。


「約束を果たすためだけに」


風が吹く。


桜の花びらがどこからか舞った。


「だから約束が終わった今」


佐伯さんは涙を浮かべていた。


「結衣ちゃんの時間も終わろうとしている」


結衣が泣きそうな顔で俺を見る。


俺も何も言えなかった。


そして死神たちが一斉に告げる。


「選べ」


その声は世界そのものだった。


「生者として未来へ帰るか」


「管理人として彼女を救うか」


月が雲間から姿を現す。


銀色の光が中庭を照らした。


俺は結衣の手を握る。


彼女は震えていた。


泣いていた。


それでも。


微笑もうとしていた。


まるで――


自分が消えることを受け入れているように。


その笑顔を見た瞬間。


俺の中で何かが決壊した。


そして俺は人生で最も大切な決断を下そうとしていた。

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