天使2
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魔王殿
「あ、いらっしゃいませ、亀姫様…!」
場内の男手に手伝われて開いた大きな門扉の向こうから現れたその人影に、天使は嬉しそうに声をかける。
その声を聞きつつ、呆れたような顔を扇で隠してしゅるりと御簾に近づいてきたのは亀姫だった。
「魔王陛下のいいつけで、お目付けにきているだけなのに、そう喜ばれるといささか複雑ですわ」
「ふふ。こうしてお昼の時間、亀姫様がいらしていろいろなお話を聞かせてくださるのは、とても心の慰めになっています」
にっこりと笑った天使に、亀姫はつれなくあしらっても無駄だということを知る。
ここ数日こうして天使のもとへ毎日と通っているが、何をどう思ったことか天使はすっかり自分になついてくれたようだ。
手綱を握ろうとしているにもかかわらず、こうして無防備に心を開こうとしている天使に、亀姫は日に日に 敵意も劣等感も警戒も…おそらくありとあらゆる策までもが無意味に思えるほどだった。
にこにこと笑って出迎え、御簾のそばによって自分を待っている天使をチラと見る。
「毎晩陛下と、ご一緒にいらっしゃるのですから。夜話のひとつも貴方がおねだりをすれば、きっと世界のはじまりからこの世の真理までお話くださるかもしれませんことよ」
「夜に聞くには壮大すぎる気もしますが…。いいえ、でも私は…少しは魔王陛下が一緒のお部屋にいることにも慣れましたが、やはりまだ恐ろしく思えてしまって…その、いえ、あの…」
ようやくニコニコ顔を少し曇らせた天使に、ようやく亀姫も自分のペースを取り戻していく。
亀姫もまた手慣れた様子で御簾を半分ほど巻き上げ、結界の側近くに腰を下ろした。
「……陛下を畏怖する者は魔族にも多くおりますわ。陛下のお力はとても大きく、中途半端に力を持つものならばそのお力を感じて足が震えて顔をうつむけるだけのものも多い… あなたは力はなくとも天使ですからね。陛下の持つ魔のお力を、より感じているのかもしれませんわね」
「そう、なのでしょうか…」
「ええ。でも、…近衛は陛下に恐怖をあまり感じてないかもしれませんわね。坊やと陛下の出会いについては知る者も少ないですけれど、聞いたところでは最初から恐怖を感じたようには聞こえませんでしたわね……」
「そ、そうなのですか? では、近衛様はどうして魔…」
「それは…ワタクシの推測ですけれど、きっと近衛は勇…――」
「?」
そこまでいいかけて、亀姫は言葉を止める。
天使は近衛が元・勇者だということを知っているだろうか。
知らない可能性が高い。
そして、近衛が天族の選ぶ「勇者」であったとしったらどう思うだろうか。
勇者。少なくとも、魔族の中では魔王を討つ存在とも言われた。
魔王を恐れる天使が、近衛が勇者だと知れば… 近衛が天族の意思の通りに魔王を討ち、自らと共に生きる道にまた思いをやってしまうかもしれない。
そもそも、天使が近衛を、ひいては勇者を今どう思っているのかが確かにできていない。
この話を続けるのはリスクが高いだろう。
「あの、亀姫様…?」
「…ああ、いいえ。ふふ、退屈しのぎに陛下のお力のことをお話するなどあまりにも無礼なことだと思いましたの。ですからここまでにしましょう」
「え…」
とっさの言い訳にと出した理由だったが、天使には十分な説得力があったらしい。
わかりやすく肩を落とす天使。
それを見て、おもわず亀姫の心に申し訳無さが宿る。
逸らすべき話題があるとはいえ、近衛の話をすると期待させてしまったのは確かだ。
「ですが、そうですわね…寵姫とも呼べる貴方が、陛下のお話を所望するのであれば、やぶさかではありませんけれど」
「!」
パっと顔を上げた天使と亀姫の目があった。
すこししどろもどろになってしまっただろうか。
だが亀姫の不安も考えも知らない天使に期待と喜色に満ちた視線を真っ直ぐ向けられ、うっかり正面からそれを受け取ってしまった亀姫は、こらえきれずに口元をほころばせてしまうのであった。
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