亀姫と、天使3
「ご安心なさって。陛下のお作りしたその結界までは、ワタクシでは開けませんわ。
生憎と、貴方がその結界の中でどのような無礼をワタクシにしようともワタクシは手が出せませんの」
「わ、私は別に、あなたにそのようなことをするつもりは… あっ」
思わず言葉を返してしまった天使は、慌てて口を閉じて亀姫を見る。
亀姫は少し意外そうな顔をした後で、意地悪そうにわらった。
「そうね。ワタクシも、もしこの結界がなくて、そう大したことはしないでしょうね。
貴方は魔王陛下の大事なお客様だし、それに…」
「……そ、それに?」
「……ふふ。貴方の頬をつねってさしあげるには、少し肉付きが足りませんわ」
亀姫のその言葉に、天使は思わず両頬に自分の両手を添えて肉付きを確かめてしまう。
少しだけ、痩せたかもしれない。
確かに自分は華奢な方だと自覚をしているけれど、つねることもできないほど肉付きが無いということはないはずだ。
そんなことを考えて、天使が思わず自分の頬を指先で軽くつまんだところで、
亀姫がこらえきれずにクスクスと忍び笑いをこぼした。
「貴方ねぇ。ふふ、年頃の娘であるなら、そのように自分の頬をつまんで見せるなんてするのはおよしなさいな。うふふ、ああ、おかしい」
「あ」
「ふふ。御簾の中に隠れていたほうが、あなた自信も恥をかくことは少なくていいかもしれませんわね」
亀姫にからかわれて、天使はすっかり顔を赤くしてしまった。
不思議なことに、この頃には恐怖心などひとつもなかった。
天使に兄弟はいなかったけれど、自分に良くしてくれた美しい天族の女性のことを思い出すほどだ。
言い訳代わりに、それを口にして見ようと思えたのは、羞恥ゆえの思いきりだったのかもしれない。
「……その、ええと。あなたはほんの少し、大姉様…えっと、私の知り合いの方と…似ていて」
「ワタクシと?」
「あ、いえ。その…よく考えれば、お姿とか雰囲気とかは、全然違うのですけど…」
「見目も雰囲気も違うなら、一体なにが似てるのかしら」
「え、と。その…」
天使は自分でもよくわからない。
なにか似ている気がする。
例えばそう、他愛もない会話をしているときに自分を見つめている視線の柔らかさだとか、
至らなさをたしなめるときの 愛情を感じさせる声色だとか。
しかし、それはとても感覚的なことで、うまく説明できるわけもなかった。
うまく説明できずに困っている天使を見て、亀姫もまた思考に耽りそうになる。
(純粋な思考の塊。口八丁と策と疑心に満ちた天族と同種とは思えないほどですわね…。
でもだからこそ、きっとこの娘は特別で、この”役目”に選ばれてしまったのね)
ひどく臆病なくせに純粋。恐怖は持っても、疑いを持たない。
悲運に見舞われて非業の死を遂げれば、そのときは彼女のこの性格はどれほどシナリオを盛り上げるだろうか。
そこまで考えて、天族たちはこの哀れな娘を地に貶したのだろうか…。
亀姫は天使にわずかに同情を抱いてしまった。
それと同時に、自分とは全く異なるこの娘に、羨望も抱いた。
(……そんな娘だからこそ、魔王様のお心を惹き寄せたのかしら。だとしたら、ワタクシにはとても…)
「ぁ。の」
おずおずと天使が声をかけてくる声に、亀姫はゆっくりと微笑みながら目の前の娘に視線を向けた。




