亀姫と、天使2
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天使は、魔王殿の中に入り込んできたその人物を見たことがあった。
あれは確か、魔物が一同に介した場に魔王によって連れて行かれた日。
あの日は恐ろしくて、とても周りなど見ていられる状態でもなかったとはいえ、
印象的なその容姿には見覚えがある。
魔物ではあったが、その中でも穏やかな笑みを浮かべた、妖艶で美しい姫君。
大きな亀の背が特徴的で。
誰が見ても上等だとわかる絹をたっぷりとつかい、染も刺繍も繊細で美しい着物をまとった女性で。
ゆったりした袖口を、まるで亀のヒレのように流麗に動かす仕草は、
一度見たらそう忘れられるものではない。
実際、天使はその亀姫の姿を再び見て、
正直なところ、恐ろしいというより(美しい)と心を奪われそうになっていた。
「……あら、思っていたよりも怯えたりなさいませんのね?」
そう亀姫に声をかけられて、天使は見惚れていた自分に気づき慌てる。
「っ、ぁ」
「ふふ。怯えようと怯えまいと、どちらでもよろしいですわ。
私は魔王陛下のお言葉でここに来ただけですもの。貴方に好かれたいわけではありませんのよ」
クスリと笑って御簾のそばに腰掛けた亀姫は、端にあった美しいその房を掌で弄び始めた。
「でも、そうね。陛下の大事なお客様と思うと躊躇われるけれど、いまはここにワタクシと貴方しかおりませんの。少しばかり、無体をしてもよろしくて?」
「え…」
亀姫の言葉に思わず身を固くする天使だったが、亀姫はそんなことをお構いなしに、その弄んでいた房を手放す。
そして御簾の端をくるくると巻き上げ、番に房をかけて止める。
「ふふ。御簾ごしにお話をするなんていうのは、貴き姫君のすること。
ワタクシが臣下に会うときや、貴方が普段隠れておくにはちょうどよいけれど…女性同士ですもの。よいですわよね?」
「……」
御簾を取り除かれると、よりあざやかに鮮明に亀姫の姿が見えた。
結界ごしとはいえ、天使に向かって笑いかけてくるその女性は、魔物であると分かっていても、なお美しい。
美しく穏やかで、そして気品もあるのに、どこか親しげな亀姫に、天使はあまり嫌悪感を抱かないことに気づいた。なので、小さく、見紛う程度だったか頷き返した。
亀姫は御簾の反対側にまわってそちらも巻き上げ、
ちょうど、亀姫の背丈と同じ位だけの高さまで御簾を上げた。
魔王殿の御簾は大きく、高い。
それでもこれだけあげれば、御簾が気になるほどでもなかった。
「白い羽、それにその顔立ち。天使というのは確かに可愛らしいものですのね」
ふわりと撫でるような声に、天使は少し気恥ずかしさを覚える。
眼の前の美女に可愛いと言われることに、どこか背徳めいたものまで感じてしまうのは、亀姫の魔性ゆえだろうか。




