帰還3
「や……」
魔王はゆっくりと近づき、天使の様子を伺う。
久方ぶりの魔王の姿に怯える天使。
厭ましく思ったその姿ですら天使の無事を示している気がして、変わらずにいてくれたと喜ばしくすら思ってしまうほどだ。
「……この影響ばかりは、わからなかったからな」
自嘲し目を逸らした魔王が、庭先の気配に気づいてゆるりと振り返る。
大きく開かれた門扉の向こうに、亀姫と近衛の姿が見えた。
二人は階からやや離れた場所まで来ると、僅かにジャリ、と砂石を踏みしめる音をさせながらその場に膝をつき、控えて動かない。
――動かないというよりは、動けないという風体の近衛の様子に、魔王が気付いた。
「近衛。無事か」
近衛が息苦しそうに背中を上下させ、ぎゅっと胸元の石を握りしめている。
天使が魔王の言葉を聞き、
そこに近衛がいることを知って、バッと視線を門扉の奥へと向けた。
近衛の姿は、天使の位置からは見えない。
見えるのは魔王の背中と、階の踏板の一部、それから……
「あ……」
天から『雲が降っている』様子だ。
(あれは…神界……っ!?)
「近衛。神界でも無事に動けたお前が…なぜ、魔国に戻ってから苦しむ?」
(近衛様が、苦しんでいらっしゃるの…っ?)
次から次へと天使に知らされる急事。
天使は恐れと不安にガタガタと翼を揺らすことしかできなかった。
一方、問いかけられた近衛も声を発しようとするも、まともに音が出ない。
門扉の奥にいるであろう天使に元気な声を聴かせたいのに…と振り絞ろうとするも、吸い込むので精一杯で吐き出せるものがない。
「……っ、は、」
「……」
目を細めて近衛を見つめる魔王に返答したのは、近衛の横に控える亀姫だった。
「僭越ながら、私から申し上げさせていただきとうございます」
「亀姫。……わかるのか」
「はい。現在、近衛には結界をかけております…。そのせいではないか、と」
「結界…?」
「…神界から戻り魔国へと降りた際、浄気除けは外したのではなかったか」
「お忘れですか、陛下。近衛は…この者はニンゲンでございますのよ」
「……」
「近衛の胸の御石。ニンゲンである近衛が、この魔の国で生きるための魔素の濾過装置と伺っておりますわ」
「この御石の弱点は、浄気…。神界においても、近衛にはこの御石のみに結界を張り守っておりました」
「…それで?」
「…順序が狂いましたが、ここでご報告申し上げさせていただきますわ。現在、魔国全体の魔素の濃度が急激に下がっております」
「……ああ。それはわかる」
「先ほど、私のところに医局から報告がございましたの。大気中の魔素の濃度の低下に伴って、国土中で頭痛や眩暈、呼吸困難などの訴えが上がっていると・・・」
「では、近衛もそのせいで?」
「……近衛の場合、少し違います」
「今、この国で急速に濃度を増している浄気から御石を守るためにかけている結界。その結界自体が、御石の濾過効率を弱めて呼吸困難をひきおこしているのです」
「…では、結界を解いてやったらどうだ」
「結界を解き浄気を吸って生きるには、近衛にとってまだ浄気も足りず、魔素も濃すぎるのですわ…」
「……混合した大気では、どちらを選ぶにしても生きるに足りないのか」
「陛下のお傍…この魔王殿の近くでしたら、まだ魔素も多く残っております。御石に少しでも多くの魔素を触れさせていれば多少の回復も見込めると思い、差し出がましくも連れてまいりましたのですわ」
「魔素に触れさせる…か」
「いや、あるいは…」
「……あるいは…?」
(……天使と同じように… 魔素から離し、浄気の中で…)
(……………天使と…ともに…同じ場所で…)
言葉を止めてしまった魔王。
だがいかに気になろうと、これ以上に先を促すのは失礼にあたる。
亀姫は魔王の言葉の先を考えつつも、かけられる言葉を探し、進言した。
「……陛下。いかがなさいましょう。近衛の任を一時的に外していただければ、医局で近衛の身柄を預かることも可能かと」
「………いや」
「先ほどの話を聞くに、医局も房も手一杯だろう。『東の近衛』は王殿付きの者なのだからして、こちらで引き受ける」
「お気遣い痛み入ります。医局の者に陛下の御言葉を伝え聞かせれば、必ずや喜び、励みとなることでしょう」
「ああ。」




