帰還
天空宮殿・雲上
「――陛下。ここからの帰路なんですが…やはり来た時の大穴をまた降りるのでしょうか?」
近衛の言葉に、魔王が振り向く。
見ると、近衛の横では亀姫も同じように首をひねっていた。
いつのまにやらそうも仲が良くなったのだろうか、と
魔王は思わず言葉をかけそびれる。
「陛下でしたら、竜巻を作り上げて“巻き上げる”ことも、渦を用いて“落とし込む”ことも可能でしょうけれど…正直、その」
「昇るよりも怖ろしそうですね」
「……怖ろしいというよりも。空に吹き上がるのではなく、地に叩き込まれるのですもの。……何名生きていられるかしら」
「魔王サマ、どうすルつもりダ?」
獣王にうながされ、魔王はぼんやりと臣下たちの観察をやめた。
戦が終わったというのにどうにも後味が悪く、すっきりしない。
こんなふうにぼんやりとみているのがいい証拠だろう。
魔王は自分自身を軽くいさめると、皆に背を向けてから口を開いた。
「…気付いていないのか。もう、降りはじめているのだが」
「え?」
魔王の言葉に、一同は周囲を見渡した。
景色は何も変わることはない。雲上ということもあり、空との距離すらもあいまいだ。
だが、風の流れの違和感などを観察していると、下降しているのを察する程度の事は出来た。
「おそらく、この大地自体は植物と雲を神気によって固定化したものだ。神気はもともと浮力が強い。それをまとめておくことで、その上にある宮殿をも空中に滞留させていたのだろう」
「…この大地が落ち始めたのは、神が死んだからですのね」
「土地の持つ神気の結束が弱っている…」
「ああ。つまり、放っておいてもゆっくりと落下し、いつかは下に降りるだろう」
「気の長イ話ダ…」
ため息を吐いた獣王に、魔王はククと笑いを零す。
軽く目を細めて怪訝にみあげてきた獣王の視線から逃れるようにして、魔王はくるりと背をむけた。
「何、待ってやるつもりはないさ。魔素を打ち込んで神気の分解を促してやればいい」
「分解を促す… と、いうのは」
「クク。……神界のこの土地を、“物理的”に落としてやるのだよ」
「それは一体――…
近衛の言葉を聞くよりも早く、魔王は片手をあげて魔力を収束させた。
無言のままで足元に連続で打ち込まれていく魔力弾。
吸い込まれるように地を抉り取るそばから、蒸気に似た白い煙が立ち上っていく。
メキメキと植物の裂ける音が足元で響き、獣たちが尾を立てて唸り始めた。
「懸念の必要はない。余力のあるものは、俺に続いて打ち込め」
魔王の言葉に、最初に従ったのは亀姫だった。
小さな結界を作り、扇でそれを叩き付けるようにして地へと打ち込んだのだ。
――威力こそ小さいものだったが、亀姫がそれを無言で繰り返しはじめたのを見た他の魔族も、各々の方法で自らの持つ魔素を大地へと浴びせていく。
土地はメシメシと裂け、枝とも根ともわからぬ植物が断面から飛び出し、
しなやかに伸びてはブチブチと引き裂かれる。
それは、動物の持つ神経や血管にも酷似して見えた。
裂けて小さくなった大地は、落下を速めていた。
魔物たちの打ち込む魔力で、大地は数十に別れてはパラシュートのようにゆっくりと落ちていく。
「……これくらいで十分だろう」
「あとは、着地を待つだけですわね。ふふ、戦の帰路が僅かに揺られる穏やかな時間だなんて、嘘みたいですの。まるで船旅のよう…」
「……楽園を見つけられないままに、彷徨いおちる箱舟か?」クク
ふと魔王が上方をみやると、宮殿が浮いたまま残されていた。
魔王達のいる土地よりもずいぶんと高い場所
そこにいまだ大きい面積を残した大地があり、まるで何かあったことに気付いていないかのようにそびえたったまま残されていたのだ。
「ほう。……あの城はよほど広く、根を張っていたらしいな。……ふむ」
「陛下、どうかなさいましたの?」
「いや。天の… 神の在り方の根深さを、少し考えていた」
「…?」
「根ばかり広げて…花を咲かせることを忘れては、惹き寄せられるものも惹き寄せられまい」
「花を……?」
魔王は掌にとりわけ大きな魔力をためると、上空の宮殿に向かって放った。
ボフ!!という、重さを感じる着弾音。
下から打ち上げられた土地が、胞子を吹きだす植物のように塊状の白煙を吹きだしてきのこ雲となり、爆ぜた。
「……確かに、花開くさまに見えなくはないですが…あれで何かを惹き寄せられるのですの?」
「花開く前に枯れたのだ、もはやだれも寄り付かぬまい――」
「ではいったい、あれは…」
「……意味などないさ」
霧散して消える花など、遠き日の隣人へのはなむけとは呼べないだろうから。
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