畏怖4
反省したかのように、近衛は大人しい口振りで呟いた。
『…わかったのなら、その剣を降ろせ…!』
「? 何故です?」
『な。なぜって…』
『我を殺しても魔王は死なないと言っている!』
『だが、我らの悲願が叶う時を大人しく待ってさえいれば、お前もその楽園で心癒される…! これ以上の邪魔をするなと言っているんだ!!!』
「あー…」
『何が“あー”、だ! 物わかりが悪いわけではないんだろう!?』
「ええ。まあ、貴方の言いたいことはわかりますよ」
『~~~~っ』
「ねえ神様。その悲願が叶う時って、“いつ”です?」
『いつ…って』
「僕ね、もう待ち飽きたんですよ。……気長な話なんて、聞きたくないくらいにはね」
近衛はそういうと、もう一度しっかりと神の首元に剣を当てなおした。
神は近衛のペースから逃れることのできないまま、また動揺して口早になっていく。
『す、すぐだ!』
「すぐ? すぐってどれくらいです?」
『お、お前がこの剣を降ろせば、そう間もないうちに……!』
「え? そんなにすぐなんですか?」
『ああ、そうだ! 今頃、天守閣では戦神妃が魔王を抑えているはずだからな!』
「魔王を……抑えているんですか」
『そうだ……! 魔王の魔素が体内から全て抜け出たその時、あちらから合図が来ることになっている!』
『これだけの浄気をまともに操れるのは我だけ! その合図を逃すわけにはいかぬのだ! さすれば、楽園はもう間もなく――……!!
「では、もういいです」
シャッ……
『!!?』
ザッ―――………
躊躇なく、振り切られた大剣。
神の持つ、長い髪や翼も 共に斬りおとされた。
斬った後、近衛は僅かに怪訝そうな顔を浮かべ、その剣を眺めていた。
それからドシャリと崩れた首なしの聖骸を見下ろして、何か呟いた。
「こ、近衛」
「……あ」
亀姫が声をかけると、近衛ははっとした様子で振り返った。
目が合うなり、小さく呟く。
「はは。…勇者の剣が、神殺しの剣になってしまいましたよ……亀姫様」
「近衛……あなた」
「これで本当に、自分は勇者なんかではなくなりました。いえ、やはり最初から、勇者なんかじゃなかったんでしょうね」
小さすぎる抑揚。
近衛は悲しげにも、安心しているようにも見えた。
近衛が剣をホルダーに添えると、神殺しの剣は小さなナイフに戻って腰元に収まった。
亀姫はその場に棒立ちのままだ。
頭が急展開に追いつけない。
「…っと。亀姫様、大丈夫ですか? 顔色が随分とお悪い。流石にこの部屋の浄気は身体に障りますか」
「違………」
「亀姫様……? どうなさいました、まさか最後の最後で神が何か…!?」
亀姫の様子を不審がった近衛は、
足元に崩れている神の聖骸を睨み付ける。
神の身体からはゆっくりと浄気が抜け出し、水槽の中へと取り込まれていく所だった。
死した神族から浄気を集める装置。
それにとっては、神も例外とはならないのだろう。
「……きちんと、死んでいるようですね・・・」
「神に、なにかされたわけではありませんわ…」
「そうですか…? では少しお疲れになってしまわれたのでしょうか」
近衛は、浄気が空になった神の頭部を拾い上げた。
長かったはずの髪は、今は首の長さでパラリと流れている。
それを片手に抱くと、次いで亀姫のそばに近寄り、肩に亀姫を乗せた。
「何をなさいますの!?」
「すみません、今は一刻も早く陛下の元へ行きたいのです。暫しのご辛抱を」
真面目な顔をして、既に出入り口を見据えて歩き出そうとする近衛。
亀姫は近衛の肩を腕で押して身体をそらし、慌てて声をかける。
「こ、近衛!!」
「はい、なんでしょうか」
「あなた…… 魔王陛下を殺すおつもりではないと誓えますわね!?」
「・・・・・・は?」
ピタと一瞬だけ足を止めた近衛。
意表を突かれたような間抜けな顔は、亀姫のよく知る近衛の顔をしていた。
「誓えますわね、と聞いているのです!!」
「……あの。もう神は死にました、演技は終わりです」
「ならばあれはすべて、演技でしたのね? 本当にすべて演技だったと、私の目を見て言えまして?!」
「当たり前じゃありませんか。怒りますよ」
近衛は亀姫を抱き直し、まっすぐに亀姫の目をみつめた。
「自分が陛下を裏切るなど、決してあり得ません」
「近衛…」
「さあ、行きましょう。本当に戦神妃に陛下が抑えられていては大変です!」
「――ええ」
亀姫が返事をし、小さく謝罪をしたときには
既に近衛は走りだしていた。




