畏怖
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天空宮殿・最深部
「始まりの間」
『貴様…何を言っているか、わかっているのか』
「もちろんわかっていますよ。貴方を殺せば、結界が破れて暴発してくれるんじゃないかと聞いているんです」
亀姫の目は、ようやく明るさに慣れてきていた。
今なら、混乱と怒気を声に含ませて目を見開いている神の姿もはっきり見える。
『―――立ち去れ。今は、余計な力を使いたくない』
畳んでいても、なお大きさのわかる翼。
左右に大きく張り出した翼角と、足元近くで交差する風切羽のシルエット。
それは、鳥というより蝶にも見えた。
横で一つに束ねられた長すぎる髪は床に届くほどで、しなやかに伸びた植物の茎にも見えてくる。
蒼と藍の瞳が表しているのは、空か海か。
儚すぎるほどの白い肌は、雪か雲か。
(……ご老体と思っていたのに。なんて、美しい生き物なのかしら……)
世界にある美しいとされるものをまとめ
一匹の生き物にしたらこのような姿になるのだろう。
その美しいものが、今は近衛の言葉に翻弄されて美しさを乱している。
それはあまりにも勿体なく、無粋で、罪な行為にも思えた。
そんな風に感じるのは、近衛に疑いを持ってしまったせいなのだろうか。
「コレ、浄気ですよね?」
近衛が軽々しく水槽を指さしたので、亀姫は慌てて視線を近衛に戻す。
「これだけあれば、目標に向かって打ち出したりしなくても、放つだけで魔王は死んじゃうんじゃないですか?」
『何を馬鹿な……』
「馬鹿? あはは、何故です?」
『無闇に結界を解けば、破裂の瞬間に爆風となる―― お前自身もその奔流に巻き込まれ、圧死するだけだ』
「へぇ……」
何がおかしいのか、近衛は神の言葉を聞いて にやにやと口元を緩ませている。
(―――判断、しがたいですわ)
亀姫は近衛の言葉を一言一句聞き逃さないよう、神経を集中させていた。
近衛をみているこの瞬間も、近衛は神に質問を投げつづけている。
(本当に陛下を裏切っているようにも見えますけれど、その言動は うまく神から情報を引き出しているようにも思える……)
(近衛……。もしも陛下を裏切るのなら、私は決して容赦いたしません。ですが私、やはりあなたのことを… 仲間のことを……)
(――疑いたくは、ありませんの)
亀姫は顔を上げ、しっかりとした足取りで近衛のほうへ歩み寄った。
神はそれを見て半歩下がり、近衛は亀姫にニコリと微笑む。
亀姫は近衛の横までくると、立ち止まって袖を引き寄せ整える。
……袖の中に隠している毒針を確認するためだ。
(使わせないでくださいませね。――今はまだ、あなたを信じておきますわ)
それが確かにあることだけを確かめると、袖を降ろす。
そして、毅然とした表情で神を見つめた。
神に対峙する、亀姫と近衛。
近衛は相変わらず微笑んだままだったが、それが神にとって高圧的に思えたのだろう。
神は声を荒げ、その身体にまとった浄気を膨らませて見せた。
『お前らなどに、コレに関わらせるつもりはない! 今すぐに消えるのだ、そうでなければ――!』
「そうでなければ、なんですか?」
近衛はわざとらしく、ゆっくりとした動作で腰に提げたナイフを引き抜き、大きく振る。
ナイフは瞬時に大剣と化し、ギラリと輝いてその刃に神の姿を映し出した。
『っ』
「僕達を殺しますか? 貴方に出来るのかどうか知りませんけど…… やってみてもいいですよ?」
近衛は、ひたりと足を一歩前へ進める。
神はそんな近衛を、目を見開いたままで見つめていた。……否。神は近衛の剣を見ていた。
『そ……… その、剣は………』
「ああ。見覚えありますか? これ、昔に貰ったんです」
玩具のように大剣を持ち上げ、弄ぶ近衛。
神の視線がそこに釘づけになっているのを見て、また可笑しそうに笑いだす。
『お前は……… お前は、まさか…?』
「………ええ。 ――死に損ないの、勇者です」
『……!』




