天使と近衛
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同晩・黎明の時刻
奥殿・最奥の間――
「天使殿。いよいよこの夜明けだ」
「近衛様……。とうとう、はじまりますのね」
召集の時刻にはまだまだ早い。
だが既に夜を語るには遅い時間、近衛は天使を訪ねていた。
もう少し明るくなってしまえば、きっと魔王もここに訪ねてくる。
戦争に向かう前、二人で会える最後の機会…。
「何も良い言葉が出てこないのです。見送る事も、引き止めることも、うまく出来ない私ですが… 今はもう少し、お側に寄ってもよろしいですか」
「天使殿……貴方を困らせることしか出来ない自分が不甲斐ない。ですがもし、近づく事で心休まるものがあるのなら、いくらでも」
「近衛様…」
それぞれに御簾へと近づく二人。
薄い結界に触れる事はなく、だけれど近づけて合わせたその掌からは、熱が伝わるような気がした。
いつもと違う衣装に、胸元で揺れる魔王の血の結晶。
言葉をなくした二人は、その揺れる石を眺めていた。
「―――」
(天使を無理矢理に隠し連れて、神界へと返せたら)
何度も考えては打ち払った希望が、この期に及んで未だ湧き出る。
返せたら最良。だが、近衛にはそれが出来ないのだ。
(この結界を無くして、天使に近づく事など出来ない)
この御石は、浄気に触れればそれだけ表面から劣化していくだろう。
純粋すぎる魔素の固まりと、純粋すぎる浄気は拮抗し、消耗を起こす。
そうなればこの御石は目詰まりしたフィルタさながら、この魔素だらけの大気を充分に濾過することができなくなる。
魔素の大気が取り込めなくなれば、力が振るえないだけではなく
純粋に呼吸困難に陥るのだ。
そして天使もまた、この結界を無くしては生きられない。
だから、触れることはできない。
連れて行こうとすればその途端に自分は無力となり、そのまま息絶えてしまう。
あの日、天使に出会った日
近づいただけで意識を失ったあの時のように…。
「触れることも出来ない…。ましてや連れ去る事など…」
「……気付いております。近衛様は魔の者ではない。ましてや、天の者でも…」
「――自分はニンゲンです」
「…ニンゲン。それは魔のモノに消し去られた存在と、聞いています」
無くなってしまったものを悼むように、悲しげに眉をひそめて呟く天使。
天の者も、魔の者と同じで……ニンゲンとは違う。
(どれほど愛しく感じられても――まったく違う生き物なのだ)
神族。
それはニンゲンであったころから知っている。聖として崇められる存在。
何があろうと、きっとそれだけは確かなのだろう。
「天使殿は天の使い。明白に不浄を謳う魔ではないとはいえ、ニンゲンである自分も大差は御座いません」
「止めて。言わないでください…」
「天は聖だ。聖ではないもの以外は、結局 同じ。自分が貴殿を愛すれば……」
「近衛様!」
「天使殿を、穢すことになる」
天使にしてみれば、きっと変わらない。
自分が天使を愛する事も、魔王に寵愛される事も… どちらも汚らわしい事だろう。




