亀姫2
魔王の社殿前・階
「くくく。天下の亀姫が、まさか腰を抜かすとは」
「その……ですが、まさか庭先に出ていらっしゃるとは夢にも想わなかったものですから…」
腰を抜かして地の上にへたりこんでしまった亀姫
その腰をいともたやすく抱き寄せて、魔王は広々とした社殿の縁に連れ運んだ。
それだけでも驚いたのに、魔王はその社殿のふちで片ひざを立てて座り、
そこに寄りかからせる姿勢で亀姫を抱き座り…支えてくれた。
どういった気の向きなのだろうか
近すぎる魔王との距離、予想外の接触、その全てが“魔王らしくない”。
気の迷いだとするならば、これはチャンスかトラップか。
真摯に礼を言うべきか、ほのかに色香でも匂わせるべきか――。
「魔王陛下――」
「…………………」
そう思い悩みながら見上げた魔王は、ただ虚空を見つめているだけだった。
亀姫のことなど、気にもとめていないか―― 下手すれば忘れてさえいるのだろう。
(……いえ、そうではなく…)
亀姫を支えて抱く腕は、時折思い出したかのように、緩んだり強張ったりしている。
抱いている事を、意識しているが故の反応。それなのに虚空を見つめて呆けているのは、つまり――
(……私ではない、誰かへの優しさ。それを私が代わりに受け取っておりますのね)
あれほどまでに昂ぶっていた想いが、急速に鎮まる。
気を抜けば自分の事を哀れんでしまいそうで、歯を食いしばる。
一族の長として、また今代亀姫の名を冠する者として、そんな愚かな真似は許されない。
凛、と鈴が鳴ったような気がした。
途端に体中から、緊張も動揺も消えうせる。
今あるのは馴染み深い、“正常を維持して凍りつかせたような、平静な体感覚”のみ。
魔王の膝からスルリと抜け出し、縁を下りる。
そして向かいに静かに立つと、頭を下げた。
「……どうした」
「畏れながら申し上げますわ。昨日、私は大婆様を見舞いに参りました」
主への、恋心。
それを隠しきってこその“慎み”で、“貞節深さ”だろう。
失ってはいけない。それこそが「亀姫」なのだから。
「…大婆…。ああ、竜王か」
「少しばかり御憔悴の様子でしたが、身の回りの事はきちりとなされておりました」
「ふん…。そんなことを俺に言ってどうなる?」
「うふふ。どうにも変わりませぬ。ただの答え合わせですわ。陛下のお考えと行動ですもの、大婆様のその後の様子くらい予想しておられたでしょう?」
「そんな戯言のためだけに、わざわざ来たのか?」
「はい。ですが、ついでの用もございますのよ」
「ついでの用?」
「伝える義理などもありませぬけれど、老いた竜の呟きごとを届けに参りましたの」
「……」
「『神族のいやらしさは、魔の者の比では無い。決して驕ることの無いようにせねばならぬ。奴等は”すくう”のが、お家芸なのじゃから』…」
「”すくう”? まさか、俺を救うとでも? それともこの戦禍そのものを…と?」
「あるいは、足元を…。ふふ」
「く、くくく」
「私は最大限に陛下をお守りできるよう、ささやかながらも尽力いたします」
「期待しよう。亀姫…お前の”堅牢”の名高さに」
「うふふ…」
そう。私は、私のままに。
他の誰にも代わる事の出来ないもので、貴方様を惹き付けて見せますわ――




