亀姫
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翌日・夜
本殿中央・奥殿(魔王の社殿)――
この夜が明ければ、戦争が始まる。
遠方の領地に住むものの多くは、今宵のうちにこの魔王殿に集結していた。
亀姫はこの二日、王殿に泊まり配下の者に仕度を代わらせている。
元より、亀姫は武器などを使う事はない。仕度といえば気を落ち着かせることくらいなのだ。
だけれどそう遠くない場所にいる主を思うと、気はやすまるどころか乱れるばかり。
今朝も、魔王に朝餉の誘いを出したが“天使をご鑑賞なさっておられる”という無慈悲な使いの報告に肩を落としたばかりだ。
気晴らしに昼は出かけたものの、さらに夕餉でも同じような報せのやりとりがあった。
戦争の前に、ほんの少しばかりの主との“面会”を期待していた亀姫は、落胆を隠せない。
(天使のための、時間。それが妬ましい)
(だけれど、天使のための戦争のおかげで… 今は、陛下と同じ王殿に居られるのですわ)
今は少しでも、側にいたい。
だから愚かにも、この天使を手元に残しておくための作戦――“他の女への後押し”の参加までも請け負ってしまった。
(魔王陛下は… もう、天使の元からお戻りになられたかしら…?)
もしもまだ居なかったらと思うと、足はなかなか動かなかった。
そうして夜も更けたころ、ついに魔王の社殿へと足を向けた。
亀姫には大きすぎる観音開きの門が、目の前にふさがれている。
中の様子を窺い知る事はできぬし、本来ならば禁区の場所で呼びかけるのも躊躇われる。
会えばどれほど親しく言葉を交わせたとしても
その“会う”機会を作るのが何よりも難しい、尊き主。
嬉しさのあまり、いつも饒舌になりすぎて魔王には呆れられているだろう。
夜更けに訪れた私を、魔王が歓迎するとも思えない。
亀姫は、それでもその門を見つめていた。
この扉の向こうにいる主を想うだけでも、癒される何かがありそうな気がして。
「亀姫」
「……え」
不意に、愛しい声が聞こえた気がした。
振り向いた先で、魔王が笑っていた。
「魔王…陛下……?」
「ああ。あやうく亡霊と見間違えるところだった」
亀姫にとっては、魔王こそ恋心の見せた亡霊に見えた。
だからそうではないと気づいたその時に、腰を抜かしてしまったのも仕方がない事だろう。
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