怪我と治療5
「そういえば、あの魔王陛下の血の御石。…力の増幅器のような役割もあると言っていらしたわね」
「あア」
「……ですけれど、やはり杞憂ではありませんの? あの坊やが強いだなんて聞いた事もありませんわ。それに以前、“あの近衛には刀を振る才能が無い”と、魔王陛下が笑っているのを聞いた事が」
「近衛の武器ハ、本来は刀ではなイとも言い換えられよウ。そしてこの戦争でハ、おそらく本来の自分の武器を持ツ」
「……あの坊やが、接近武器の使い手だと仰いますの?」
「可能性はあろウ。そして接近武器の使い手と言えバ……」
「……まさか、“暗殺者”だと…?」
「知らぬ。あの者が何故 どのようにして魔王サマのもとに来たのか、院と魔王サマを除いて知る者はいない」
「もし坊やが、降伏したニンゲンによって献上されたものであれば…」
「下出に回り懐刀となることで、魔王サマへの報復の機を計っているのかも知れヌ」
「……この戦争に乗じて、本来の武器を持ったとしたら…」
「あア。……絶好の機会に、違いなイ」
「―――あの坊やが……」
先ほどまで握っていた手を思い出す。
あの手で、魔王を討つのだろうか。あの瞳で、魔王への報復を狙っているのだろうか。
だけれど、“滅ぼされた種族”が“滅ぼした種族”に仕える理由が他に思い当たらない。
少なくとも充分な動機になるだろう。ならば、本当に――?
「まだわからなイ。魔王サマへの忠誠ハ、あるようにも見えル」
「私にも…… そう、見えましたわ」
「確かなことハ、魔王様に歯向かえる強さがあるという事ダ。あやつは不吉ダ。あの天使よりモ、何よりモ。俺の鼻がそう感じていル」
「……わかりました。貴方の嗅覚を信用して、私も警戒するといたしましょう」
(私の治癒したあの手で魔王陛下に歯向かうなど… 決して許せません事よ)
亀姫という理解者を得て、獣王は満足げにその場に寝そべった。
そうして一息ついた様子で、尻尾をパタと揺らしてみせる。
「魔王様はいつもどこかラ、あのようにおかしなものばかり拾ってくるのカ」
「そして何故、そんなものばかりお傍におくのでしょうね…? ふふ」
「まったくダ」
僅かに吹いた風を気持ちよさそうに鼻先に受ける獣王は
場所も人目も気にせずにそのまま眠ってしまった。
所詮は獣。
そのうちに誰ぞやの気配でも感じ取れば、スと目を覚ましてどこかにいくだろう。
気にかけてやる必要もない。
亀姫はそのまま女房舎へと戻り、几帳の影へともぐりこんだ。
(魔王陛下……。愛しい愛しい、私の魔王陛下…)
頭の中で名を呼べば、いともたやすく脳裏に現れてくれる愛しい主。
その姿と声に、たまらぬ愛しさがこみ上げてくる。
懸想するだけで、焦がれて火照る。
自分を落ち着かすため吐きだした呼気の熱さに、なおさらに目が眩む。
(天使も、近衛も、獣王ですらも、妬ましく思えてしまう……)
熱されすぎた想いが、ねばつきはじめる。
そうではない、妬んでも仕方がないのにと言い聞かせながらも
想いの熱さは鎮まることは無さそうだ。息苦しいほどに焦がれてしまい、堪らずに身を捩じらせる。
魔王。
彼は何故、あんな者ばかり側に置くのだろう。
そんなものよりずっと、自分のほうが有用だと言い切る自信があるのに。
(ですからどうぞ、私を貴方のお側に置いてくださいませ――)
次回投稿は7月5日です




