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汝の名は、魔王ー魔王と天使の物語ー  作者: 木彫りのクマ
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怪我と治療4



口数少なく黙り込んだ近衛を不審がりながらも、亀姫は丁寧に手当てを続けた。


傷があったことなど忘れてしまうほどの見事な治癒。

細胞も血管も、皮膚も…そこにあった指紋や皺までも元のとおり。

ニンゲンの感覚でいえば、恐ろしいどころか薄気味悪いほどの、医療術。


しかし近衛は、今更そんなことに動揺しなかった。

仕組みの分からない高度な術にだけ感心して、感謝して。


深々と礼を言い、近衛は立ち去った。



戸口の近くまで出て見送っていた亀姫は

その背が見えなくなるのを確認して、ポツリと呟く。



「おかしな子。それに少し……怪しい子」



「あア、怪しいナ」



のたりと縁の下から身を出してきたのは、獣王だった。


「あら、獣王……あなたもいらしてらしたの。覗き見などとは趣味が悪いこと」


「あの近衛とやらヲ、見張っていタ」


「あんな坊やを?」



巨体に似合わず、猫のようなしなやかな仕草で伸びをする獣王。

いくつか話を聞けた事で満足したのだろう。その様子からして、近衛の後を追う気はなさそうだった。



「あいつは不穏デ、不吉な匂いがすル」


「ニンゲンの匂いではなくて? ですけれどあんな“坊や”が魔王陛下の近衛では、いつ足を取られるか不安にはなりますわね」



近衛の様子などを思い返すと、至って真面目そうな本人はどこか間抜けで。

くすくすと笑えてしまう。



「……ニンゲンなのハ、知っていタ。不吉な匂いハ、日増しに強くなっていル」


「日増しに…。あの坊やに変化が起きている、という事ですの?」


「わからなイ。だガ、油断は出来なイ…… 近衛ハ、強いかラ」


「強い…ですって? でもニンゲンなのでしょう?」


「あア」


亀姫は扇で顔を覆いつつも、訝しげな表情を隠そうとはしていない。

首をかしげて眉をひそめ、何やら考えていたものの やはり納得がいかない。




「先の魔王様……院のニンゲン一斉討伐…… 獣王は参戦なさって?」


「否。あの戦に赴いたのハ、王殿内の者のみと聞いていル」


「院も、他種族の力を借りるまでもないと判断なさったのでしょうね。…相手はニンゲンですもの」


「実際、討伐にむかって半日とせぬうちニ、ニンゲンの国は消えタ」


「向かったという報せも、完了したという報せも、私のところには2日後に同時に届きましたもの」


「報せの必要はあるまイ。あくまで体裁のものダ」


「……それを言っては、報せの方があまりに可哀想でいらっしゃいますのよ」



亀姫は嘆息し、つまらなそうに裾を翻した。

それから獣王に背を向けて、強い口調で言い放つ。



「ニンゲンは強くなどありませんわ。ましてや近衛のような、自分の手を自分の刀で切るようなウツケモノ、警戒する気にもなれませんのよ」


シュルリと着物の裾を引き寄せて部屋の奥へと戻ろうとした亀姫の背に

獣王は低くうなるような声を掛けて引き止めた。



「……近衛がこの王殿に来た頃ニ、手合わせをした事があル」


「獣王、貴方が負けましたの?」


「いヤ。俺が勝っタ。あいつは魔王様はもちろん、他の誰一人にも勝てなかっタ」


「あたりまえですわ……ニンゲンですもの。獣王、私をからかっていらっしゃいますの?」


「否。だガ先日、俺ガ魔王様と戦って気がついタ」



「近衛が負けるのハ、非力さもあるガ、刀が振れぬほど近づいてくル技術力の無さ…」


「間合いも計れないだなんて」


「近衛は魔王様にモ、そうして負けていタ」


「一体何を仰りたいのか、私には――」


「戦いにならぬから、負けタ。”近づきすぎて”戦えぬだけで… いとも容易く近づけるほどニ、強いのダ」


「―――あ」



亀姫は思い出す。先日の謁見の集まりで、庭先を跳ねていた獣王の姿を。

竜王の巨大な尾も、いくら振り上げても魔王には届かぬままだった事を――



「……近衛は、戦闘でも“魔王陛下に触れることが出来る”…?」


「あア。そして今となってハ、体も技術も鍛えられているはズ」



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