怪我と治療3
亀姫は挑発的な瞳で近衛を流し見る。
その先にあるのは、近衞の衣装。明らかにこの国の文化ではない装束。
(魔王様の拾い仔。一体どこの混合種かと思ってましたけれど……きっと私という種族をよく知らないのだわ。とんだ田舎者ですこと)
これまでの文官装束では、服の中に隠れて見えなかった近衛の胸元。
今はそこに一本の鹿紐が掛けられており、その先には、朱色に鈍く輝く水晶型の石が付いているのが見える。
「近衛様…… その、胸元の御石はなんですの?」
「ああ。こちらは魔王陛下の、血の結晶でございます」
これは近衛にとって帰属の証しでもあり
身につけておくことによって結界の効力をも果たしている。
「魔王陛下の血。固形化された純粋な魔素。自分にとって大切な、お守りです」
「一体何故、そのようなものを身につけておりますの?」
「……自分は、ニンゲンなのですよ」
「え……」
その石を指先に触れながら呟いた近衛の目は、それが真実であることを語っている。
亀姫は思わず身を引きそうになってしまったものの、どうにか思いとどまった。
(ニンゲン…まさか、魔の者ですらないなんて)
「亀姫殿は、ニンゲンはお嫌いですか?」
「どうかしら… でも、いいえ。きっと珍しいだけですの。今となっては、この世界にニンゲンなんて居ないのですもの」
亀姫が嫌悪を露にしないで居てくれる事に、
亀姫の懐の広さや、穏かな人物性を感じる。そして嬉しくも、ありがたくも思う。
「貴方は希少種で…。そうね、個人的に見れば、私にとっては坊やですわ」
「希少種はともかく… 坊や、ですか」
近衛は思わず小さく笑った。
この世界でニンゲンはどういう存在なのか、そんなものはわかりきっている。
自分にとってこの世界の魔物が“化け物”であったのだから
この世界の魔物にとって、ニンゲンは“気持ち悪い生物”程度に過ぎないはずだ。
それを“坊や”と呼び、変わらずからかってくれる亀姫は、優しい。
なんとなくの気恥ずかしさから、笑みがこぼれてくる。
「ニンゲンだから、この世界で生きるために、その御石をつけていらっしゃるのね?」
「はい」
ニンゲンである近衞が
この魔素という毒だらけの世界で生きていくための、大気の濾過装置。
また、濾過することによっていかようにも力を抽出することができる増幅器にもなっている。
「自分はこの石のおかげで生きており、この石のおかげで強くなれるのです」
「では、それがなくなると どうなりますの?」
「もちろん、死んでしまいますよ」
「まあ、大変な秘密を聞いてしまったわ。それに今なら簡単に盗ってしまえそう」
コロコロと笑う亀姫は、今は妖艶さよりも悪戯っぽい可愛さが目立つ。
慎重に傷口を合わせては、ひとつずつゆっくりと傷や神経を合わせていくその手当ても
どこをとっても自分の死を望んでいるようには見えなくて。
この異質な穏かさに、もし身を任せて委ねきって馴染んでしまえば、きっと――
「きっと本当に、自分なんて簡単に死んでしまうんでしょうね」
「ふふ。坊やは魔王様に仕える近衛ですもの。その官位は恐れ多くて、私は手出しなどできませんわ」
(そうだ。今の自分は、魔王陛下にお仕えするためだけに生きている……それしか、出来なかったから)
(だけど、天使のことも本当にどうにも出来ないままなのだろうか。……いっそまた、この生と引き換えに――…)
「…………?」
「………」




