怪我と治療2
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正殿・東の対
女房舎――
案内されたのは、几帳が6つも置かれた房だった。
広い部屋の一角、その隅に向けて人を憚るように段々にずらして置かれた几帳。
「失礼いたします」
几帳を倒さぬように慎重に進むと、そこに亀姫が居た。
慎ましやかに頭を下げた彼女は、今日は長い髪をゆるりと白い布で巻いている。
その背には甲。広げた袂はヒレ。
袖から伸びた白い指先には扇が広げられており
ぬたりと顔を持ち上げるそばから、その顔を覆っていく。
覗き見上げてくる濡れた流し目が、ひどく淫靡で。
扇の房を弄る白く柔らかな指先の動きが、卑猥で。
「あ……亀姫殿で、あらせられますか…?」
声を駆けた途端に、パタリと落とされた扇
その向こうに見えた顔付きは、あまりに妖艶で。
紅く湿った唇が微かに動いて、甘ったるい声音が零れだす。
「本日は私を、お求めにいらっしゃいましたの…? ねぇ、近衛様…?」
近衛は思わずゴクリと生唾を飲んで、その場に立ち尽くしてしまった。
その様子を見ていた亀姫が、堪えきれずにコロコロと笑い出すまで、きっと余程に間抜けな顔でもしていたことだろう。
………………
…………
……
「はぁ…勘弁してください。自分はあまりそういったことに免疫がなくて」
「うふふ、御免あそばしませ。私も、女房にからかわれたのですわ」
「からかわれた?」
亀姫は近衛の手を取り、両の手で包み支えるようにして
傷口の観察をしている。
「ええ、そうですのよ。我が領からこちらにお仕えにだした仔がおりまして…」
「ああ、そういえばこちらには女房を求めに来たと伺っています。余程に信頼されている方なのでしょうね」
「ええ、私の…。 いえ、私の乳母の仔ですの」
「へぇ……。乳母のですか。では乳兄弟のようなものなのでしょうね」
「……」
「? どうなさいました、亀姫殿」
「・・・冗談の通じない殿方ですのね、近衛様は…」
「え。………すみません、どこが冗談だったのか、自分にはさっぱり…」
目をまん丸くして本当にわからないのだ、という表情の近衛に、亀姫は小さくため息をつく。
堅物そうな青年であるからに、おそらく本当に興味を持っておらず何も知らないのだろう。
亀姫の胸元の豊かな膨らみ。だが、それは本来の用途にあるものではなく、それらを美と感じる先代たちが重宝したばかりに特徴強くなっただけの肉の膨らみに過ぎない。
吸い付かれるのは”夜の戯れ”の間ばかりだ。つまり彼女のような種族が乳母だなどと揶揄するのは、女房舎で退屈を持て余し身体を好きにさせる娘たちの――
いや、そうではない。
おそらく、知らないのはそこより以前の問題だろう。
(・・・この坊やがもし獣属をはじめとする以外のものを伴侶とするならば・・・、そのときには教えてあげましょうかしら・・・)
・・・・・・亀や竜、鳥などは卵で生まれ、乳など飲まないのだということを。
この賢そうな顔立ちの青年が、薄衣の乙女に嗤われるのはあまりにも可哀想に思えた亀姫だった。
そう、近衛はとても整った賢そうな顔立ちをしている。決して雄々しくはないが、繊細で賢明で、凛々しさがある。
その横顔が困ったようにしているのを見て、亀姫は意地の悪い笑みを浮かべ、ほんのすこし身体をしなだれさせてみせる。
「ともあれ、その仔が“近衛様が亀姫様をお求めですよ”、なんて言付けたものですから…」
「はは……。実際には間抜けに負った傷の治療を願い出るだけなんて。そういえば魔王陛下にも、先ほど色気ないと言われたばかりです」
「ふふふ、そうでもありませんわ。…今日は随分と珍しいご衣裳でいらっしゃいますし」
「あ、これは…。やはり片手では着替えづらかったもので。整っておらず、失礼します」
「ふふ。着崩れた御衣装でこちらにいらしたのですもの、本当に“お求め”なのかと思ってしまいましたわ」
「いえ、その、決して自分はその様なつもりは…!!!」
「あら…。私などでは、“決してその様なつもりにはならぬ”と仰いますの…?」
「いえ、その。そうではなく……自分は手当てを頼みにきただけで…」
「ふふふ。ではお手当ては致しますゆえ、どうかお許しくださいませ、ね?」
「そ、その、こちらこそ亀姫殿にこのような頼み事をしてしまい、申し訳なく…!」
段々と顔を近づけてくる亀姫に、動揺を隠しきれない。
不思議な香に、酔わされるようで。ドギマギと脈打つ心臓からの圧に、傷口からいつ血を吹いてもおかしくない気がした。
「“真昼から随分と堂々とした殿方だこと”、なんて……感心しておりましたのよ」
「そ、その、ですから」
「我が子の責で、はしたない所をお見せしてしまったけれど… だけれど私――
「? 我が子? あれ、女房は乳母の仔ではなかったのですか?」
「……こんなときにそんな話……空気も読めない坊やなのね」
「?」
「あ……もしや。ねえ、近衛様」




