怪我と治療
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正殿・医局――
カラカラと軽い引き戸を開けると、独特の香りが鼻をつく。
噎せ返るような草の燻した匂いや、果実か花かの鼻を突くような刺激臭。
そこに湿った空気の匂いが交じり、近衛は思わず眉をしかめる。
「失礼します―― 医官はいらっしゃいますか」
雑多な棚の向こうに人の気配を感じて声を掛けると、
背の低い、白頭巾の女が現れた。衣装からして薬師だろう。
「これはこれは、近衛様。どうなされましたかぁ? 今、こちらには私のような薬師しかおりませんー」
「そうですか、参ったな。指の股を斬ってしまったのです。合わせてほしいのですが…出来ますか」
「はぁい、切り傷にも合う生薬がございますよー。して、傷はどちらで……」
ニコニコと近づいてきた薬師は、
今にも取れてしまいそうな近衛の親指を見て目を真ん丸くした。
「ひゃあぁ!?!?! 大傷じゃないですかぁ! 血はどうしたんですかっ!?」
「陛下が止血をしてくださいました」
「指一本を丸まる血を止めてたら、壊死してしまいますー!」
「ええ、そうでしょうね。なので早いところ指を留めてしまいたいのです。医官は何処に?」
「そ、それが。皆様、本日は王殿を出ていらっしゃいますー。どうしましょう、どうしましょう」
「では、誰か傷合わせのできる医術者をご存じないでしょうか」
「そんな高位の医術者が都合よく… あ! います、いますよ!! 確か房舎に亀姫様がいらっしゃいます!!」
「亀姫殿が?」
「ええ、そうです! 神界でお召しになる衣装合わせの為に、数人の女房をお求めにおいでで!」
「……そうか、亀姫殿も御参戦なさるのか」
戦地に女性が赴くという事実に、感覚的に抵抗がある。
ましてや亀姫のような美女は、戦地でどう戦うのだろうか。
(まあ、あの竜王様も女性なのだから…ココではそんな事を気にするほうがおかしいのだろうな)
「亀姫様ならば、医術にも長けていらっしゃいます! 伺いを立てましょう、きっと必ずや赴いてくださいますー! だって亀姫様ですから!」
どうやらこの薬師は亀姫に特別な思い入れでもあるらしい。
やや興奮した口ぶりで、いそいそと身の回りの品を見ては片付けを始めようとしている。
「いや、亀姫様に足を運んでいただくのは申し訳ない。自分で赴き頼む事とします」
「そ、そうですか? …で、では私が先追いに立ちますー! 女房舎に近衛様が突然には尋ねにくいですものね!」
「それは、ありがたいですね」
近衛は少し苦笑して、先追いの役を頼んだ。
この者がどれだけ走ろうと、自分が走ったほうが余程速いのは明白だったが
女房舎への出入りの礼儀もある。時々、そういった礼儀を忘れてしまう。
(普段の事ならば随分慣れてきたものの、やはりこの国は勝手が違いすぎる)
バタバタと出て行った薬師を見送り、医局の中を眺め見る。
あのツボに入ったのは何の魔物の臓物だろうか。
(…治癒魔術に、薬師。それに医官に医術者、か)
(当然のように馴染んでも来たけれど……)
ぼんやりとしてしまったのは、少し血を流しすぎたせいだろうか。
ずっと昔のように感じる、そう遠くもない過去の自分を思い出す。
(あの頃の自分ならば…“気色悪い化け物”と、侮蔑の言葉を投げただろうか)クス
白頭巾を被った、一つ目の背の低い女。
自分の腰丈にも届かないであろう彼女は何の種族だろうか。
種族こそはっきり分からずとも、そこに思いを馳せるほどにはこの環境に慣れた自分。
「……化け物、か」
そうしてしばらく懐かしい記憶に浸っていた近衛だったが、
医局の前を通り過ぎた下男の声でハっと我に返った。
そして良くない思考を振り払うように、駆け足で女房舎へと向かった。




