近衛と剣
ビュッーー
一際腰を低く下げたと思った直後、近衛は駆けた。
木に衝突するほどの勢いで突進し、直前で踵を返す。そして木の横に回りこみ――
打ち込むようにナイフを突き出した。
その突き出す瞬間、ナイフの刃は 銀に輝く大剣へと姿を変えた。
魔王ほどの目がなければ、それはなんとおかしな行動に見えただろうか。
しゃがんで消えたと思った瞬間に、ズシャと音がして。
どこからか取り出した大剣で、木を横から突き射しているのだから。
木に突き刺さる剣のグリップは握ったまま、近衛は一言だけ感想を述べた。
「まったくもって使い勝手の悪いおかしな武器でございます」
「放つと同時に、本来以上の威力でもって貫き、切り裂く。便利な鋏ではないか」クク
大剣は抜かれると同時にナイフへと姿を戻す。
その様子は、まるで手妻師の絡繰道具のようで、どこか滑稽でもあった。
ナイフと呼ぼうと剣と呼ぼうと、どちらでも問題がない。そのどちらでもなく、そのどちらでもあるのがこの武器なのだ。
魔王は試し斬りに満足げに笑い、扇で続けよと示す。
刀による鍛錬を繰り返したおかげか、脚力も腕力も敏捷性も増している。
刀を握っていたこの数年は背と腹を意識するために、抜くも払うも練習し、鍛えた。
(ナイフだけを武器としていた頃よりも、手首の返しや腕の振りが楽な気がする)
メシメシと音を立てて折れようとしている木に裏から回り込み、もう一手、刺し込む。
刺し込んだ勢いで払い、手首を返してその下にも一撃。
そのまま、握りを滑らせるように持ち替えて、振り上げて切り裂く。
振り上げて切り裂く勢いを利用して、そのまま後方へと高く跳ね退き……
「刀を振るには、まだまだ大味で。技も足りず未熟であったが――」
ズバン!!!!!
振り上げたナイフはそのまま投擲され、大剣は 砕け落ちる木と大地に突き刺さった。
「そちらは、見事だ」
パチパチと、手を合わせ鳴らす魔王。
その視線の先にあるのは小さなナイフ。
だが振った瞬間に大剣と化すそれは、いかに扱えど暴力的でしかない。
「く、くくく。なんと無粋で色気のない武器。持ち主とよく似ている」
「笑わないでください、陛下。…それに自分はここまで酷くないと思いたいです」
心底愉快そうに笑ったままの魔王を横目に、近衛はふぅと一息つく。
そして気が緩んだのか、つい刀と同じようにホルダーの淵に手を添えてナイフを収めてしまった。
「つっ…」
刀とは違い背は無く、柄に近づくほどに太さを増すナイフ。
そんなものを勢いよく差し入れたせいで、あやうく親指を切断しかけるほどの傷を負ってしまった。
「ははははははは! なんと間抜けな! お前の仕度はまず、それと戯れて慣れることだな!」
「その方がよさそうですね…。これではあまりにも情けないですから」
止血を試みたところで、そうは止まらない。
魔力による治癒魔法が必要だ。至急で手当てを頼まなければならないだろう。
「あちらこちらを汚されてもかなわん。血だけは止めておいてやろう。それとも傷も治してやろうか?」
「いえ、止血だけで充分でございます、ありがとうございます、陛下」
「良い。お前の血を殿内に巻き散らかされても困るだけだ」
「は。それと、御前失礼させていただきたく。自分は着替えて治療に向かいます」
「ああ、そうするがよい」
手を庇いながら社殿に戻った近衛を見守る。
着替えようとしたらしいが、上半身の衣類を脱いだ所でもどかしそうにそのまま駆け出していった。
「まったく馬鹿と鋏は使いようとは言うが…。さて、馬鹿の鋏はどうなることやら」
楽しげで、満足げな口調。
だけれど扇を広げて隠した口元と、細めた目はどこか物憂げにも見えた。
次回投稿は7月4日です




