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汝の名は、魔王ー魔王と天使の物語ー  作者: 木彫りのクマ
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近衛と剣


―――――――――――――――――――――――――


翌朝・早朝

本殿―東の社殿(近衛の社殿)



魔王がトン、と階を上る音を聞いて、近衛は驚いたように顔を上げた。

自室で刀の手入れをしている最中、少し没頭しすぎていたようだった。



「仕度を整えていたか。感心な事だな」


「これは、魔王陛下。申し訳ありません、こちらではお迎えの準備が…」


「構わない、お前の社殿だ。天使の元へ行ったのだが、珍しくまだ眠っていたものでな」



昨夜は少し夜更けまで長居をしすぎた。

泣きつかれて、少し深くお休みなのだろうと近衛は心の中で察する。



「なのでついでにお前の様子を見にきたまで。長居はしない、支度も続けていて良い」


「左様でございましたか。では、どうぞ奥へ」


魔王を社殿の奥へと通し、最低限の居支度を整えようとする近衛。

それを軽く手で制し、扇で ス、と刀を示す。



(構わずに続けていろ、ということか)



魔王は奔放で人を振り回しもするが、その奔放さは時に人の労を減らす事もある。

近衛は魔王の横柄な態度の反面で垣間見える、そういった行動を心地よく思っていた。



「近衛、その刀で行くつもりか」


「はい。この刀は魔王様より拝借しているものでございます。戦に相応しき――」


「戦うつもりがないのか。それとも、舐めているのか?」


「……そのような事は」



決して舐めているわけではない。この刀には、何の落ち度もない。

だが、魔王の言わんとしている事はすぐにわかった。



「自分の武器を使え。お前にとって用立たない“刀”に何の意味がある」


「用立たないとまで言われるのは、少々堪えますね」


「クク。お前の事だ、律儀に仕舞いこんでおるのだろう? 引っ張り出してやろうか」


「……いえ、お手を煩わせるわけには参りません。ですが、あの武器は…」


「構わないさ。衣装も全て自分の物を出せ。一番“戦闘”に相応しい物を用いるべきだ」



魔王のどこかおもしろがるような表情を見て、近衛は抵抗を諦めた。

社殿の奥より大き目の駕籠を、ズリと引き出し、埃を払って蓋を開ける。



「ふむ、久しく見た。虫食いなどあっては恥だぞ、着てみるがいい」


「いっそ尻にでも穴が開いていれば、着ずに済むでしょうか」


「くくく、女房の数人にでも繕わせるさ。大きな穴の開いていない事を祈れ」



房を出て着替えようとしたが、構わぬと制された。

構って欲しいのは自分だとも言えず、苦笑してその場で着替える。



「異国の狩り衣姿。やはりなかなかに似合っているぞ? くくく」


「ですがベルトの締め方すらも怪しいです。それに足回りが少し窮屈に感じます」


「支障があるのか」


「いえ、これまでは袴でしたから。久しぶりのジャケットもパンツも着慣れぬというだけでしょう」


「では、そちらはどうだ?」


「これは……」



腰元に下げたのは、小さなナイフホルダー。そこからナイフを引き抜いた。

グリップには刀のそれを倣って、木綿と白絹を混ぜた糸を軽く巻いた。

もともとの握り手は、今となっては感触が悪くすら感じられたのだ。



(それに……懐かしすぎるグリップの感触は、忌まわしい記憶も思い出させてしまう)



「振れそうか?」


「どうでしょう。こちらに来てから、ようやくこの“剣”の使い方を知ったものの、仕舞いぱなしですので」


近衛はその形状が「剣」とは別のものであると分かっていながら、普段はそれを剣と呼ぶ。

この国ではナイフという概念も言葉もないため、魔王が『ナイフというのだろうが、だがそう呼ぶと それを知らぬ他の者への説明が面倒だ』と眉をしかめて以降、ずっとそうしていた。だが、問題はない。


「まさか今度は“刀に慣れてしまったので、今度は剣の背と腹を間違えそうです”などとはいうまい?」


「あまりからかわないでください、流石にそんな事はありません。それにまず…」



刀とは違い、このナイフには背などない。

強度を求めて、太く厚く造られている、戦闘特化のナイフなのだから。


グリップを握り締め、片手を添えて顔の側近くに構える。



「……刀を見慣れてしまうと、どうにもこれが不恰好な気がいたします」


「いつぞやは、得意げに振っていたように見えたが」


「お恥ずかしい。あの頃はこれのみを誇りとしていたので…。ナイフ技以上に自分を装飾できるものはないとまで思っておりました」


「ほう?」


「……実際、装飾に過ぎませんでしたが」


自嘲気味に呟きつつも、構えを解かない近衛。

ずりと足を引き、構えた姿勢のまま重心のズレをゆっくりと直していく。



「装飾では困るな。それでは刀を持たせようと剣を持たせようと変わらぬでは無いか。用立たなさを比べても仕方ない」


「そうですね。ですがこちらのほうが刀よりは扱いやすい。きっと剪定鋏程度には使えます」


「く、くくくくく。鋏か、良いな。ではあの庭の木を手入れしてみせよ」


「かしこまりました」



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