第3話 線は交わらない
元に戻ってから三日が経った。
私は佐藤あかりとして、いつもの高校生活を送っていた。朝起きて制服を着て、友達と他愛もない話をしながら登校する。普通の毎日だ。
でも、何かが変わっていた。
朝のHRでクラスメイトが「ねえ、あかりって意外としっかりしてるよね」と言ってきたとき、
私は少しだけ背筋を伸ばして「ありがとう」と返せた。
以前なら「え、そんなことないよ〜」と照れて流していたのに。
放課後、部活(文芸部)に行くと、部長が「最近あかりの文章、ちょっと変わったよね。なんか深みが出た」といってくれた。
私は悠真の部屋で書いた短い文章を思い出した。あのときの感覚が、まだ指先に残っている気がした。
夜、家に帰ってベッドに横になりながら、私は悠真のSNSをこっそり見た。
更新はあった。
「最近、鏡を見るたびに思う。
向こう側にいるもう一人の自分が、ちゃんと生きているといいな、と。」
私は迷った末、勇気を出して匿名アカウントからメッセージを送った。
「その小説、読ませてもらいました。
鏡の向こうにいた私は、きっと大丈夫です。
あなたも、自分の言葉で生きてください。」
送信した瞬間、後悔と鼓動が同時に来た。
変な人だと思われたらどうしよう……。
しかし、数分後に返信が来た。
「ありがとう。
不思議な気持ちです。まるで本当に、鏡の向こうから声が聞こえたみたいで。」
それから私たちは、時々メッセージを交わすようになった。
本名も顔も明かさないまま。
悠真は就活の悩みや、小説を書くことへの葛藤を。
私は高校生としての息苦しさや、将来への漠然とした不安を。
線は決して交わらない。
会うことも、声を知ることも、おそらくない。
でも不思議と、心は近かった。
ある夜、悠真から長いメッセージが届いた。
「正直に言うと、僕の体に誰かが入っていた三日間があった。
信じられない話だけど、本当にそう感じた。
その誰かが、僕の小説の続きを書いてくれた。
ありがとう。
おかげで、僕はもう少しだけ自分を信じてみようと思った。」
私は画面を見つめたまま、じんわりと目頭が熱くなった。
「こちらこそ、ありがとう。
あなたのおかげで、私は少し強くなれた気がします。」
送信ボタンを押した後、私はスマホを胸に抱いて天井を見つめた。
高橋悠真という人は、今もどこかで自分の人生を生きている。
私は佐藤あかりとして、自分の人生を生きている。
二つの人生は平行線で、交わることはない。
でも、たった三日間の奇跡で、
私たちはお互いの人生に、小さな光を残すことができた。
私はそっと呟いた。
「またいつか、鏡の向こうで会えたらいいね。」




