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第8場 東へ

魂は、来た道を逆にたどる。彼が向かったのは、かつて自分が沈んだ海の、その源だった。

 歳月が、彼をつくり変えていった。

 若き法律家は、教会の荒波の中へ漕ぎ出していた。


 当時、西の教会は二つに裂けようとしていた。公会議に集う者たちと、ローマ教皇、どちらが上に立つのか。ニコラウスは、その争いの渦中にいた。はじめ彼は、公会議の側に立った。多くの声が集まって決めることに、理を見たのだ。けれど、やがて彼は、教皇の側へ移った。裏切りと罵る者もいた。けれど彼の中では、筋が通っていた。ばらばらに割れた声よりも、一つに束ねる中心が要る——彼はそう考えるようになっていた。一致。多が、一になること。その主題は、いつしか、彼の思考の奥深くに根を張りはじめていた。


 その彼に、教会は、ひときわ重い務めを与えた。

 東の教会との、再びの統合。


 何百年ものあいだ、西のローマと東のコンスタンティノープルの教会は、別々の道を歩んできた。それを、もう一度、一つに。そのための使節団が、海を渡って東へ向かうことになった。ニコラウスは、その一員に選ばれた。

 千四百三十七年。彼は、船に乗った。

 地中海を、東へ。

 船は、彼の知らない海を、何日もかけて渡っていった。彼は甲板に立ち、行く手の水平線を見ていた。理由のない胸の高鳴りが、彼の中にあった。これから向かう交渉の重さのせいだ、と彼は思った。東西の教会の運命がかかっているのだ。緊張するのも当然だ。彼は自分に、そう言い聞かせた。


 けれど、それだけではなかった。

 東へ進むほど、彼の中の何かが、静かに波立った——なにか、見覚えのある場所へ、帰っていくような。

 来たことのないはずの海が、どこか、懐かしかった。

 船が東の島々のあいだを縫っていく。岩の多い岸辺や、白い陽光や、葡萄畑の匂い。彼は理由もなく胸を衝かれた。はじめて見る景色のはずだった。なのに、瞼の裏のもっと奥が、それを覚えていた。

 彼は、それを、旅の高揚のせいにした。ほかに、説明のしようもなかった。


 コンスタンティノープルでは、彼はよく務めを果たした。神学者たちと渡り合い、言葉を尽くし、東西の溝を埋めようとした。骨の折れる、政治の仕事だった。けれど合間に、彼は別のことに、夢中になった。古い書物だ。

 その都には、西では失われた、ギリシアの古い写本が、数多く眠っていた。ニコラウスは、それを探し、集めまわった。古代の知者たちの言葉。数と、星と、魂についての、古い思索。彼は、

 まるで忘れ物を取りに来たかのように、彼は貪欲にそれらをかき集めた。羊皮紙(パピルス)の上の古い文字。その文字の中には、かつて、海に沈められた一つの真理の、遠いこだまも含まれていた。


 彼は、自分の来た道の、いちばん奥まで来ていた。

 二千年前に魂が出発した、はじまりの地。ヒッパソスが弦を鳴らし、対角線を測り、海に沈んだ、あの世界の。けれど、その地に立っても、彼は何も思い出さなかった。思い出すための言葉を、持たなかったからだ。なのに、ニコラウス・クザーヌスの胸のうちからは、説明のつかない懐かしさだけがとめどなくあふれた。それは彼の胸の底で、いつまでも静かに鳴っていた。


 務めを終え、彼は帰途についた。集めた写本を、宝物のように船に積んで。

 彼は知らない。この帰りの船の上で、自分の生涯を貫く、たった一つの啓示が、彼を待っていることを。そしてその啓示が、よりにもよって、海の上で、訪れることを。


 かつて、一つの魂を呑んだ、その同じ水の上で。

続く。

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