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第6場 川辺の子

 二千年後、水のほとりに、一人の子が生まれる。ニコラウス・クザーヌス。

 彼は理由もなく水を恐れ、理由もなく一つの図形に取り憑かれる——それが、彼の魂がヒッパソスから引き継いだものであるからだということを、我々は知っている。

第二部 クザーヌス —— 答え

第6場 川辺の子


 ——光が、消えたところから、二千年が流れた。

 その間のことは、誰も語れない。魂がどこをさまよっていたのか、何を見、何を忘れたのか。


 海に沈んだあの声は、二度と「私」とは名乗らない。

 物語の一人称は、水の底に沈んだ。

 これから語られるのは、外から見守る者の言葉だ。彼自身には見えないものを、彼の外から見る者の言葉。


 千四百一年、ドイツの、モーゼルという川のほとりに、一人の男の子が生まれた。

 町の名は、クース。川を行き来する小さな船着き場の町だった。父親は船頭で、葡萄や塩や石を積んで、川を上り下りして暮らしを立てていた。だから少年は、水の上で育った。揺れる甲板が、彼の最初のゆりかごだった。


 奇妙なことに、その子は、水を恐れた。


 船頭の子が水を恐れるなど、と言って、町の者は笑った。父親は、はじめは叱った。けれど少年の恐れは、ただの臆病とは、どこか違っていた。彼は泳げないのではなかった。深いところを覗きこむと、説明のつかない冷たさが、背筋を駆け上がるのだ。光が水面で銀色に揺れているのを見ると、胸が苦しくなった。なぜかは分からない。彼自身にも、誰にも、分からなかった。ただ、川の深みには、何か言葉にならないものが沈んでいる——そんな感覚が、物心ついた頃から、彼の中にあった。彼はそれを、誰にも話さなかった。そのことについて、どう話していいか分からなかった。


 だが少年は、聡明だった。いろいろな図形の形への興味が尽きなかった。川辺の砂地にしゃがんで、小枝で図形を描いて遊んだ。いちばん好きだったのは円だ。きれいな丸を一つ描く。それから、その内側に、三角形を描き入れる。三つの角が、ちょうど円に触れるように。次に、四角を描き入れる。四つの角が、円に触れるように。それから、五角、六角、と、角を増やしていく。角を増やすほど、内側の形は、外側の円に近づいていく。ぴたりと、円に重なろうとする。


 けれど、決して、重ならない。


 どれだけ角を増やしても、まっすぐな辺と、丸い円のあいだには、ごくわずかな三日月形の隙間が、必ず残った。少年は、その隙間を、いつまでも見ていた。あと少し。もう少し角を増やせば、消えるはずだ。けれど、その「あと少し」は、決して尽きなかった。多角形は近づきながら、永遠に、円には届かなかった。


 近づくのに、届かない。いちばん近いのに、永遠に触れられない。その形を見ていると、彼の胸に、あの川の深みを覗いたときと同じ締めつけが、冷たく走った。恐れと、もうひとつ、名づけようのない懐かしさのようなものが。まるで、ずっと昔、どこかで同じものを見たことがあるかのように。

 だが、もちろん、そんなはずはなかった。彼はまだ、ほんの子どもだったのだ。


 風が川から吹いてきて、砂の上の円を撫でて消した。少年は、ぼんやりとそれを描き直し、また内側に、角を増やしていった。隣で網をつくろっていた老いた漁師が、その手元をのぞいて、笑った。「坊主の指は、休むということを知らんな」と彼は言った。少年も、笑った。そんなふうに話しかけられる言葉も、何か懐かしく感じられた。なぜ、こんなにも懐かしく響くのか、少年には、分からなかった。


 ただ、川では水が光って揺れていた。彼の指は砂の上で、休むことを知らずに、円に角を描き足していた。届かない円に、永遠に届こうとする多角形を。

続く

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