第九十九話 Memories are flooding back.(思い出が溢れて)
「懐かしいね、あまり変わってないみたい」
享は灯のことばかり気になって、あまり周りを見てなかった。
昨日のキスマークが気になって仕方なかったのだ。
「あのさ、虫に刺されたとこ、もう痒くない?」
「朝も話したけど、痒くはないよ」
「あ、そうか」
「まだ赤いかな?ちょっと見てみて」
灯は何も考えず、享に見てと言う風に襟を広げた。
「まだ、赤い」
「そうなんだ、まあ、しょうがないよね!でも、そのうち消えるでしょ」
「そうだよね」
「そう言えばさ!六角橋商店街の中の駄菓子屋さんって、まだあるかな?」
「駄菓子屋?」
「ミルクせんべいが食べたいなぁ、と思って」
「帰りに寄ってみようよ、きっとあるよ」
「だったら嬉しい」
それにしても気持ちのいい日だった。
樹々の揺らめきと共に陽射しが、キラキラと二人の歩く道に陰陽を作り出す。
暑くもない寒くもない風が涼やかに木立を通り過ぎて行く。
小鳥の囀る声に、ここはどこなのかと思ってしまうほどだ。
突然、享が言う。
「あ、忘れてたけど、今日、こどもの日だよね?」
「あ、端午の節句だった」
「もしかして、琢磨くんのお節句呼ばれたりしてないよね?」
「ううん、呼ばれてない。お兄ちゃんも何も言ってなかったし……」
「でも……」
帰り際、灯の実家にちょっと立ち寄ることになった。
白幡池公園。
水辺を感じながら歩ける散策路。
大きな白幡池の周囲に沿って遊歩道が設置されており、池の水面やカモやサギなどを眺めながらのんびり一周できる。
途中に木製のデッキやベンチがあり、釣りをしている人を眺めたり、休憩したりするのにちょうど良く、ジョギングをする人もいる。
「そうだった、こっちはお池。落ちない様にって、いつも言われてた」
「必ず、池を覗き込む子がいたからね」
「学校に行く時には通ってないけど」
「遊びに行きたいって言う子がいたからね」
「……ここって一周何分くらいかな?」
「え?」
「走るよ!」
「何!?」
「連休中に食べ過ぎた分走る!」
「何周する気?」
「汗かくまで!」
「分かった!」
二周目で丁度1キロほど。
享はまだまだ余裕そうだったが、灯の方が息が上がってしまった。
「もう一周する?」
「ん……お腹空いた」
「え?お腹空いたの?」
享は笑いながら、灯の頭を撫でると
「お昼ご飯の時間だもんね,どこかでご飯食べよう」
「賛成!何がいいかなー?」
「六角橋商店街の方に行ってみよう」
六角橋商店街のアーケード内に入る。
「トモさん、やってるかな?」
「あぁ、キッチン友?」
「Tall、友風焼き※、好きだったよね?」
「今日は、ちょっと違うもんがいいな」
「何が食べたいの?」
「あっさりがいい」
「ぶらぶら探してみる?」
「……うん」
享が、そんな事言うなんて珍しい。
灯はちょっと心配になって聞いてみる。
「Tall、帰ろっか?」
「え?だって、琢磨くんの……」
「あ、それがあったっけ……でも、忘れてたし、誘われてた訳でもないし、行かなくてもいいよ」
「どうしたの?急に」
「二人だけになりたいかなって……」
「え!」
享がびっくりした様な顔して、灯の手を引いたままアーケードから出ると空を見上げた。
「Tall?」
「ん?」
灯も人の邪魔にならないところにいるし、と思いながら一緒に空を見上げてみる。
清々しいほど綺麗なコバルトブルーの青空だ。
「ごめん」
「え?何?何で謝るの?」
「流星見てる間に、灯が寝ちゃってベッドに連れて行った時……」
「あ、寝ちゃって……ごめんね。Tallに抱っこされてたら、何だか気持ちよくなっちゃって」
「灯は悪くない」
『あ、そうか。今、Tallが謝ってきたんだっけ?』
黙って、まだ空を見上げたままの享。
話を待つ灯。
「嘘ついた」
「嘘?」
「灯の虫刺され……」
「あ、これ?」
「それ、僕がやりました」
「僕が?やりました?」
灯には訳が分からなかった。
本気で素直に聞き返す。
「どうしたら、こうなるの?」
「えっと、それは……」
言い淀む享に、灯は、この事に何も思うところは無く、謝られるのも何だか気まずい様な感じもする自分に戸惑いながらも享に言った。
「Tall!帰ろっ!」
「でも、まだ本当のことも話してないし」
「駄菓子屋行って、お菓子の詰め合わせ作って琢磨に届けたら、すぐ帰ろう」
享はそれでも空を見上げたままだった。
「行こっ!」
灯に手を引かれて、ようやく歩き出す享。
いつもとちょっと違う感じだったのは、そのせいだったのか?と思って、むしろ安心した灯だった。
※ キッチン友1
1965年創業の街の洋食屋。
六角橋商店街アーケード内にある、大人気の小さな洋食店。 鉄板でジュージュー音を立てて運ばれてくる「友風焼き」はたっぷりの玉ねぎと豚肉のニンニク醤油焼きの名物料理。




