第九十七話 Light banter.(他愛のない会話)
灯が、パンケーキをおいしそうに食べている時、急に思い出し思い出したかのように享に話し始めた。
「そう言えば、サッちゃんが貸してくれた水着、本当は私用に用意してくれてたものだったんだって」
「え?そうなの?」
「二着持ってきたなんて言うから、真に受けちゃったけど、サイズ全く違うし……サッちゃんは背も高いし、グラマーだから……」
「灯だって、すごく似合ってたし、可愛かったよ」
「お世辞でも嬉しい……ありがと」
享は、あのホルターネックの水着のリボンを解いたら……あのヒラヒラしたスカートみたいなドレープの下はどうなってるのか?と思ったり……だから鼻血が出た訳で……極めつけは、灯がプールから上がって、ビーチボールを取りに行って戻って、そのままプールに飛び込んだ時ヒラヒラが捲れて見えた小さなお尻。
「桃みたいだった……」
「え?イチゴだよね?」
パンケーキを食べながら言う灯に苦笑いした享。
『ヤバい、思い出したら、また鼻血が出そう』
「おいしいよ、Tall!ありがと。今までもすごく甘やかしてくれてたのに、それ以上甘やかしてくれて嬉しい」
「これからは今まで以上、もっともっと甘やかしたい」
「もっと?」
「うん、で、ちょっとこっち向いて」
「え?何?」
灯は享の方を向く。
何故、ダイニングテーブルで享が対面に座らないのか不思議に思っていた灯。
灯の口の周りに生クリームをつけて食べることを享が想定していたらしく、クリームのついた口元にキスする。
これで腑に落ちた。
「また!食べてる途中なのに!!」
「もっと美味しくなった」
「……そう?」
「うん!」
「……じゃ、いい」
「じゃ、もう一回いい?」
「食べてから!!」
二人のおふざけは、延々と続くのだった。
「そういえば、スピカの流星見たくない?」
「でも真夜中だよね?」
「見えそうだったら起こしてあげるから、どう?」
「起きられたらね」
「うん、分かった」
深夜二時過ぎから明け方にかけて、ハレー彗星を母体とするスピカの流星群は東から南東の空を眺めていれば、一時間あたり二十〜三十個くらいは見られるはずだった。
毛布に包まれた赤ちゃんのようにベランダのデッキチェアに寝そべっている享に抱っこされて空を見ている灯。
日中散歩に出て、少しは体を動かしたものの、連休中にだらけた生活をしてたせいか、体が重い。美味しいものを毎日たんまり朝昼晩食べていたせいもあるかもしれないが。
「あのね、Tall」
「ん?」
「重くない?」
「灯が?」
「うん」
「全然」
「全く?」
「少し太ったんだけど……」
「え?感じないけど」
「そう……」
「灯はさ、もう少し太ったほうが絶対いいよ」
「いやいや、だめだめ」
「どうしてそんなに嫌がるの?細過ぎなのに」
「遺伝子持ってるから」
「え?お父さんもお母さんも太ってないよね?」
「隔世遺伝があるかもしれないから」
「おじいちゃん?おばあちゃん?」
「どっちも」
「へー、知らなかった」
「太ってもさ、私のこと可愛いって言える?」
「何言ってんの?痩せてるとか太ってるとかで灯の事好きなわけじゃないよ。ただ、今は痩せすぎって思ってるだけ」
「そんなこと言ったら、我が家の方のおばあちゃんは、ふくよかで可愛いよ」
「ふくよか……」
『ものは言いようだな』と、灯は思う。
でも、それが享の優しいところだ。
「楽しみだなぁ、僕たち二人がおじいちゃんとおばあちゃんになって、どのくらい孫がいるのかって思うと、なんだかワクワクするね」
「……それは、どういう意味かな?」
「……それは、単なる妄想です。あっ!!今流れた……」
本当に、一瞬の出来事。
『享はたくさん流れるから、その時何回も心の中で祈れば、どれかが祈りを聞いてくれるって言う。
それでも流星に三回お祈りなんて絶対無理だ』
灯はいつも思う、享との時間がいつまでも続くようにと、彼女の願いはそれだけ。
でも、多分それは灯が享との"約束"を思い出しても、それを受け入れないとなされない願い。
灯は家族がバラバラながら、享のおかげで少しず近寄りつつあり、自分の中ではベストな形になりかけているのを感じて、それも手放したくなかった。
享との約束を果たすための"言葉"・"人種"・"生活習慣の違い"など、高いハードルを超える自信がなかった。
ただの日本人には無理と最初から諦めているのもあったが『みんながみんなスーパーマンなわけじゃないよ』と享が何でもそつなくこなす姿を見る機会の多い灯がそう考えていたのも仕方ない。
享の見えない努力を知らない灯。
いつまでたっても"約束"は思い出さない方が、お互いが傷つかなくても済むと思ってしまう理由でもあった。
享に抱かれながら安心して、いつの間にか眠ってしまった灯。
「やっぱり寝ちゃったか……いっぱい流れ出したのにな……今なら祈り放題だぞ、あかりん」
しかしながら、その寝顔を見てピンクの水着姿を思い出した享。
『いかん、いかん!心頭滅却すれば火もまた涼しだ享!!』
それでも灯の細い首筋が襟元から見えるのを意識せずにいられない。
つい寝ている灯の唇にキスをして反応を見る。
すっかり寝ているのか、ピクりともしない。
静かに抱き上げて灯をベッドに運ぶ。
そっと瞼にキスしてみる。
気分が高まった享は、灯の唇に深めのキスをした。唇が離れた時、灯の口からため息の様な声が漏れる。
それでも起きない灯。
その甘いため息に誘われる様に、享は灯の首筋と鎖骨の上あたりに、つい“跡"《キスマーク》を残してしまった。




