第九十六話 Are you really the same person?(同じ人?)
灯も汐恩も幸子も、享がそのままリビングに向かう背中を見送るしかない位の気迫を感じていた。
思うところがあったのか汐恩だけは享の後を追いかけて部屋に入る。
「どうなってんだ?」
「灯に焼きもちを妬かれたんです」
「幸子のことが原因か?」
「はい……それで自分の感情が抑制できません。だから今日は帰ります。さっきの汐恩さんが灯の腰に手を回した事だけでもイライラしました」
「おいおい、俺たちは兄と妹だぞ……しかも、幸子のことは、その俺の仕組んだ事だから、ごめん」
「気づいてました。幸子さんが微妙に距離が近いんで何かあると思ってました。それでも無理です。すみません」
汐恩もこれ以上、なす術もなく荷物を持って出て行く享を見送るしかなかった。
「どうなってんだ?全く……感情のまま動いて何が悪いってんだ」
汐恩がため息をついた。
物陰から様子を伺っていた幸子が出てきて、汐恩に話しかけた。
「やっぱり余計なお世話だったってことでしょ?」
「……そうかもなぁ、でも兄ちゃんにまでヤキモチ妬くとは……」
BBQの後を、灯は一人で片付けをしていた。
慌てて幸子が戻って来て、
「灯ちゃん、ごめんなさい。一人で後片付けさせちゃって」
「いいよ、大丈夫。サッちゃんはお風呂に入っちゃえば?」
「いやいや、一緒に片付けさせて」
「……じゃ、お兄ちゃんにお風呂に先に入るように言って来て」
「あ、うん、わかった」
「お願いします」
「すぐ、戻るね」
「うん」
灯は、満天の星空を見上げながら
「どうして、こんなことになっちゃったんだ?……私のせいか……」
灯は、自分でも気づかないうちに泣いていた。
こんな時は、いつも享がどこからともなく現れて、落ち着くまで抱きしめてくれていた。
そんな享は、今はいない。
翌日、朝食を残った食材で軽く済ませた三人は早めに鎌倉を後にした。
生ごみや BBQの後の木炭等は、汐恩が片付けると言って預かってくれたので、ほとんど来る前と同じ状態に戻し戸締りをして東京に向かう。
幸子に助手席に座ってもらった灯は後部座席で、ぼんやり窓の外の海を眺めていた。
わざわざ海岸線を通ってから帰ろうと言う汐恩の思いやりに、少し灯の気持ちが癒された。
享の部屋に戻る灯。
汐恩と幸子は、遠慮してそのまま帰ってしまった。
昨夜、汐恩の"灯に焼きもち妬かせる"計画に乗った幸子が、わざと享との距離を近くしていた事は、二人から謝られた。
汐恩は享には夕べのうちに、気がつかれていたので、その事は謝ったと聞いていたのだが……。
扉の前で、しばらく灯はたたずむ。
『入っていいのかなぁ……それとも、もう……』
と思った瞬間、中から扉が開いた。
危うく扉にぶつかりそうになった灯の身体を慌てて引き寄せるように抱きしめる享。
「おかえり、あかりん!」
「……えっと、ただいま。具合はどう?」
「ん、もう大丈夫。ごめんね、先に帰っちゃって」
「具合が悪かったんだもんね、でも、鎌倉にいてくれた方が看病できたのに」
「いや、結構しんどかったから、むしろ迷惑かけたくなかったし、リセットも必要で……」
「リセット?」
「体内リセットってやつ」
「よくわからないけど、それでもう大丈夫ってこと?」
「とにかく、中に入ろっか?」
抱きしめられたままだったことに気づいた灯は顔を
赤らめながら答える。
「あ、そうだね」
「はいはい。荷物ちょうだい、重たかったよね。ごめんね、持ってあげられなくて」
廊下を移動する二人。
「ミルクティーでも飲む?」
「うれしい飲みたい!」
「じゃあ、その前に手洗いうがいをしてね」
『いつもの享だ』と、嬉しくて笑う灯は
「はーい」
と、返事をした。
リビングに入った灯に享がキッチンから声をかけた。
「お昼は、イチゴとパンケーキでいい?」
「パンケーキ?!」
享は、いつも野菜・肉・米・発酵食品等、それはうるさく、食事のバランスをと灯に言っていて、お昼にイチゴとパンケーキなんて言われたのは初めてだった。
ソファーに座りながら、灯が尋ねた。
「まさかの生クリームつき?」
「そうだよ。ちょっと前に汐恩さんから連絡もらったから、もう帰ってくると思ってパンケーキは焼いてあるから」
「え!お兄ちゃんが」
「うん、途中休憩の時だと思うけど電話くれた。だから、後は盛り付けだけ」
「そうだったんだ……でもいいの?それってデザートじゃないの?」
「たまにはいいかなって、いつもうるさく言い過ぎてたから」
「え?でも、それは私の体の心配をしてくれてで」
「いや、甘やかすことも必要だと思って」
「どうして?昨日は私に怒ってたよね?ちょっと、理由は分からなかったけど」
「灯が焼きもちなんか妬かない様に、僕がどれだけ灯のことを好きなのか分かって欲しいと思っただけ」
「えっと……ごめんなさい」
「なんで謝るの?灯は何も悪くないよ、そういう気持ちにさせた僕が悪い」
「でも、昨日は勝手なことして心配させたし、私が悪いと思う」
「だから」
キッチンでパンケーキの仕上げとミルクティーの用意をしていた享が灯の隣に座る。
「灯が今日、帰って来てくれたことだけでも、僕にとってはものすごく嬉しいことなんだよ」
「え?なんで?」
「昨日、灯の気持ちも考えずに灯のお兄さんの大事な人だからと思って、小学生の時の同級生だったし、幸子さんと話をしたけど友人と言う気持ちだけで、それ以上でもそれ以下でもなかった」
「……うん」
「でも、灯にはそうは見えなかったんでしょ?」
「それは、お兄ちゃんがサッちゃんにわざと私に焼きもちを妬かせようとして距離感を近くしてたせいだって聞いたし」
「僕もおかしいと思いながら、離れると言うことを怠ったってことなんだよ」
「……え?……」
「何も考えてなかった。灯が幸子さんのこと好きだから、本当にそれが普通と思い込んでた」
「えっと、普通だったと思うよ」
「でも頭をぶつけた」
「あ、あれ……確かに……あの時」
「あの時?」
「胸がチクっとして……おかしくなって」
「だから席を立ったんだよね?」
「ん、そう。モヤモヤしちゃって」
「焼きもち妬いたってことだよね?」
灯は俯くと呟いた。
「……そう」
その言葉に享は灯を思わず力いっぱい抱きしめた。
抱きしめられた方の灯は
「苦しいよ……Tall」
「あ、ごめん……でも、それはそれで嬉しくて」
「え?焼きもち妬かれるのが?」
「それだけ僕のこと好きってことでしょ?」
「……うん……好き。だから他の女の子に優しくしないで」
灯の顔は、真っ赤だ。
可愛い言種が愛おしくて、享は灯に口づけした。




