第九十二話 Guy talk.(男同士の話)
「しかしスゲーなー、きちんと手入れが行き届いてるし、埃一つないのにスリッパ履かなくて本当にいいのか?」
汐恩が心配そうに聞く。
「あ、むしろシャワーとか浴びた後にスリッパを履くでいいと思います」
「あ、それな」
部屋割りで同室になった幸子と灯は手と手を取り合い楽し気に言う。
「何か修学旅行みたいね!」
「はい!楽しみ増えました!」
「まあ、もうこんな時間ですし部屋に荷物入れたら、順番にシャワーかお風呂にでも入りますか?」
享が提案すると、汐恩がすかさず言う。
「幸子!一緒に風呂入ろう!」
「汐恩くん!冗談はやめて!灯ちゃんがビックリしてるじゃない」
「およ、灯、真っ赤な顔して冗談冗談!」
「……」
そんな灯の様子を見て、少し不安気な享に汐恩は、『ちょっと背中でも押してやるか』と勝手に後押しを決め込んだ。
それぞれが、シャワーやらお風呂に入り、さっぱりした後、元々、享が仕込んで持参したカレーを鍋で温め直して夕食にすることになった。
リビングダイニングのカウンターキッチン前には六人掛けのダイニングテーブル。
手前には、大画面のテレビが壁際に置いてある低いサイドボードの上に設置され、その前に横長の楕円のリビングテーブルに三人掛けのソファが置いてあった。
キッチンの中では今、灯と幸子が二人でカレーを温め直しつつ、サイドメニューにサラダを作ったり、皿やらスプーンの用意をしている、
享と汐恩は缶ビールを片手に、ソファに座ってテレビでニュースを観ていた。
「久々のビールだ〜風呂上がりは、やっぱりビールが上手いな!」
「幸子さんが飲めないから汐恩さんも飲まないんですか?」
「まあ、そう言うもんだろ?」
「あぁ、確かに。僕も何ヶ月ぶりか……ですね」
「いつから飲んでなかったんだ?」
「灯さんと再会してからです」
「灯と再会?」
「正確には話をした日から」
「その前は?」
「二十歳の誕生日には特別な意味はなかったし、アメリカに帰国してた事もあって、そこが起点と言う訳ではないんですが……」
「あ、日本に戻ったら灯に彼氏がいた時が起点か?」
享が顔をビールのせいではなく、顔を赤らめて、
「汐恩さん、からかわないで下さいよ……」
汐恩に向かって人差し指を自分の口元に立てた。
「お前って本当に純粋だなぁ。いい男過ぎるよ」
「いえ、煩悩の塊です」
「煩悩って、かけらもなさそうじゃん。同じ屋根の下にいながら、まだキス一つしてないんじゃないの?」
享は思わずビールを吹き出しかけた。
「……キスはします」
汐恩が享に近づく。
「そうか!兄弟でかした!ちょっとは進んでんだな」
「大きい声出さないで下さいって」
「あぁ、すまんすまん」
汐恩は笑いながら享の肩に手を掛けて小さい声で話を続ける。
「それでも、その先には進んでないんだろ?」
「……」
享の雰囲気が一変したのに気づく汐恩。
「悪い、ふざけ過ぎたな。ごめんな」
「あ、いえ……その……そう言う雰囲気になったことがなかった訳じゃないんです」
「おい、無理すんなって。いいんだ、ちょっとからかいたくなっただけなんだからさ」
「聞いて下さい」
今度は汐恩の方が難しい顔つきになった。
「汐恩さんもご存知の通り、灯さんは僕と出会ってから色々大変な目に遭いました。だから、側にいて守りながら心が癒える様に支えたかった」
「そうだったな」
「去年のクリスマスの時、僕は自分の気持ちが抑えきれず、灯さんも……でも、その時、灯さん自身も自分では分からないと言っていましたが、泣いてたんです」
「それって、その……初めてのほれ、何だ感極まっての涙ってヤツじゃなかったのか?」
「明らかに、まだ心が癒えてなかった」
「そうなのか?」
「ごめんなさいって言われました」
「そっか」
「僕がアメリカに行く時に灯さんとした約束を思い出してくれたら……もしかしたら我慢しなかったかもしれません」
「何の約束だ?」
「それは言えませんけど、女性にとっては大事なことだと思うことです」
「……ん?」
「とにかく今は灯さんとは、このままがいいんです。自分のマンションの部屋では自制が出来るし」
汐恩は『頭のいいヤツの言うことは、よく分からん』とは思いつつも
「ん?まさか、それで俺らに声かけたのか?」
「さすが汐恩さん、と言うか、すみません。場所が変わって二人きりで過ごしたら僕自身、また何かしでかしそうで」
「何言ってんだ、お前、いつの時代の人間なんだ?今時、女子だって結婚するまでは、なんて言わないぞ」
「いえ、灯さんはそう言う女性です」
「マジか?」
「はい」
灯が李人とは、手も繋げなかった事を知らない汐恩は納得が行かず、むしろ勝手に後押し作戦は続行する気が満々になっていた。
「お二人さん、用意出来たよ!ご飯にしよ」
灯の呼びかけに二人はダイニングに移動した。




