第九十話 Tall's Birthday.②(享の誕生日②)
多分が使えた。
潜水艦(海底探検)
本当に水に潜る訳ではなく、船の上半分は水面から出ており、乗客は階段を下りて"水面より下にある船内の客室"に入る。両側に丸い潜望鏡のような丸窓が並んでおり、そこに座って外を覗き込む。
泡と光で演出された"海底世界"
船が動き出すと、窓の外の水中をブクブクというエアブローが包み込み、本当に深海へ潜っていくような感覚を味わえる。
ライトアップされた水中に、巨大なタコや謎の海底怪獣、古代の沈没船、宝箱、怪しい人魚などの模型が配置されており、窓越しにそれらを眺めながらゆっくりと進んでいく。
二人並んで薄暗い狭いシートに座り、小さな丸窓を一緒に覗き込み、驚いたり、笑ったりしながらもシートの上に置かれた二人の手は重なり合ったままだった。
その後、きちんとB券を使ってゴーカートでスピードの出し合いをした。
子供達に混じってメリーゴーランドにも乗った。
時が過ぎるのは早い。
気づくと夕暮れが迫っていた。
享がニヤニヤしながら
「最後に乗りたかったんだ、あれ」
「大観覧車の何色に乗るかは聞きたくない」
「え?赤いのに決まってるでしょ」
「黄色じゃないの?」
「まさか!灯を怖がらせたりしない」
「でも、さっきニヤニヤしてた」
「何、言ってんだか」
享に手を引かれて大観覧車の列に並ぶ。
「ちょっと待ちそうだね」
「みんな考えることは同じなのかもね」
「え?怖がりたい?」
「あかりんは、ホント純粋だよね」
「スライドするのが、本当に怖くて楽しいって言う人も結構いるって」
「へぇ、もの好きだね」
「もの好き……」
『Tall?何だろ?絶対、ゴンドラがレールの上を自由にスライドするヤツの方が好きなはずなのに』
「そう言えば、今日おサボリしたのって何?」
「おサボリ……えっと」
「民法総則と英語と体育だよね」
「何で覚えてんの?怖っ」
「帰ったら、ちょっと一緒に勉強しよう」
「えー、いいよ。ノート誰かから借りるから」
「じゃ、僕のノート貸すよ」
「……むしろ怖い」
「何で?」
進級が決まった時、享が二年生だった際の講義資料で予習をさせられ、ノートの取り方が緻密過ぎて驚いたのを思い出した灯。
あれをまた見せられるのかと思っただけで、胸やけしそうだった。
だが、それと同時に試験対策も万全だったのを思い出した灯は享に真面目な顔して言った。
「Tall先生、お言葉に甘えて勉強させて頂きます」
「もう改心?早いね」
「いえ、学びは大切です」
「あれ?何か下心ありそうだな」
「ないよ!何でそうやって疑うかな?」
「まあ真面目なのは分かってるけどね」
大観覧車の係員が声を掛けて来た。
「どちらのお色に乗られますか?」
対面の席に座った二人。
『本当に赤に乗った』
灯は直前まで享の本意を図りきれず、多分黄色のスライドする方に乗ろう!となるものだと思っていた。
「灯、疑ってたよね」
「え?何を?」
「それともホントは黄色に乗りたかった?」
「ううん……苦手だから。でも、Tallが乗りたかったら、今日はTallのお誕生日だしって」
「何でも言う事聞いてくれるんだ?」
「うん」
享はぼんやり横を向いて外を眺めている。
灯は享が何も言わないままでいるのが、何を考えているのか分からなくて、ちょっと不安だった。
しばらくして享が灯に話しかけた。
「灯、こっち来て」
「偏らない?」
「元々、僕の方が重いって」
享が笑いながら、手を灯の方に差し出した。
その手に導かれて灯は享の隣に座る。
「今日一日ずっと我慢してた」
「え?何を?」
「朝から可愛いことを言い出した灯を独り占めすること」
「え?どう言うこと?」
灯は肩を享に抱き寄せられて、いきなり口づけされた。
深く甘いキス。
灯は慌てて享の胸を両手で押した。
「外から見えちゃう」
「誰が見るって?皆んな同じこと考えてるって」
また、享の唇が灯の唇を塞いだ。
ホイールの内側ではスライドする度に絶叫が聞こえる中、享と灯は何度も何度もお互いの気持ちを確かめ合う様にキスを交わした。
「今日は本当に楽しかった!有難う、あかりん」
「どう、どう致しまして」
ドリームランドの園内を手を繋ぎながら、帰りのバス停に向かう二人。
大観覧車の中での出来事で、享はご機嫌になり、灯は頭がぼんやりして戸惑いを隠せない。
そんな二人の対比を暗くなり始めた空の上から、優しく月が照らしていた。
※4 潜水艦(海底探検)
ディズニーランドの「海底2万マイル」の先駆けのような存在で、黄色や黄緑色に塗られた大きな潜水艦の形をした船に乗って、不思議な水中世界を探検する乗り物。




