第九話 His Side of the Story (彼側の言い分)
「あかりんは、しばらく男子と付き合いたくない。
僕は(あかりん以外の)女子に言い寄られるのは嫌だから……お互いに男子除けと女子除けにならない?」
「え?」
『もちろん僕の気持ちは変わらないから僕のこと考えてくれたら嬉しいけど……』
「あかりんが気になる男子が現れたら、別れるでどう?」
「それじゃ、Tallにメリットなくない?」
「いや、さっきの見たでしょ?あれだけじゃないんだ……他学部もすれ違う女子にすら脅威を感じるくらいだから、買い物一つままならない」
「あ、やっぱり今日は買い物なんだね?どこ行くつもりだったの?」
「え?ハンズに行こうと思ってた」
「何、買いに?」
「万年筆を新しくしたくて、そろそろ卒論の清書に掛からないと」
「付き合うよ」
「え!?いいの?」
「もし、嘘でも付き合うなら、お互いの事、知らなさ過ぎるのもマズいでしょ?今は何色が好きとか、食べるものは何が好きとか」
「じゃ、偽装でも付き合ってくれるんだね」
「うん。むしろ助かるし……さっきのヤツが変な噂は流すかもしれないけどね……それはそれで仕方ない。もう開き直るよ」
「あかりん、相変わらず男前だね」
「もう、さっきから聞いてれば……今はこれでも、今時の女子としてはお淑やかだねって言われるくらいなんだから!もう小学生じゃないし」
「ごめん。そうだよね、あかりんは綺麗になった」
『そんな海の色の瞳で見つめないで勘違いしちゃうから……』
「ちょっと、失礼」
灯が席を立つと享が慌てて聞く。
「どこ行くの?」
「モテ男の享さんは、女子が"ちょっと"って言う時、聞く様なデリカシーのない人なんですか?」
「ごめん」
その後、享は灯の行動に驚かされる。
「お待たせ、会計も済まして来たから、ハンズ行こう!」
「え?僕が払うつもりだったのに!」
「理由はどうであれ私に会いに来てくれたお礼。長居し過ぎたし、早く出よう」
灯に先を急がれる享。
『どうして、いつも君はそうなの?年上の僕を子供扱いする。会えたら僕がリードするはずだったのに……カッコ悪い』
「今、もしかしてカッコ悪いって思ってる?」
「え?何で分かるの?」
「そんな顔してる。女の子に支払いさせたらカッコ悪い?」
「いや、そう言う訳じゃないけど」
「そんなこと考えなくてもTallはカッコいいからさ。ほら、もうあちこちからの女の子の視線釘付け!私はそんなTallの隣にいたら楽しいから問題なしだよ」
公園通りに戻るとハンズに向かって歩いている二人。本当に背の高い享は見た目もそうだが、とにかく目立つ。
「年上なんだから、リードしたかっただけだよ」
ちょっと悔しそうな顔をした享に灯は言う。
「そうかぁ、こういうとこが可愛げないってことなのかな?奢って貰って当たり前は嫌だから、自分の分は払うって言うと、お金だけくれって。会計は男がするもんだって。男女雇用均等法が発令されるかもしれない時代に、男を立てろなんてナンセンスじゃない?」
「まあ確かに。あっちでも|自分の分は自分で払う《Separate checks》は当たり前になってはいたけどね」
「セパレート チェック?自分の分は自分で払う?」
「そうそう、もしくは|割り勘《Going Dutch》」
「ゴーイング ダッチ?」
「あ、えーと、割り勘?」
「へぇ、勉強になる」
「こちらこそ、日本の女子大生への偏見が覆った」
「私は多分、変わり者」
灯は笑った。
『髪が長くなって大人っぽくは見えるけど、笑顔は変わらない……ハグしたい!……でももう子供じゃないんだからガマンガマン……』
先走ることは、灯をむしろ遠ざける事だと享は理解していた。
「そうだった……あの、あかりんの元カレ」
「あぁ、既に元カレ?」
灯が笑う度に髪が揺れて甘い香りがあたりを包む。
享はその香りに気持ちが昂るのを感じながらも冷静な顔をして続ける。
「何か言って来ても、言う事聞かないでね」
「え?何か言って来るかな?」
「だから、もし言って来ても、もう僕と付き合ってるって言って」
「うん、分かった」
「本当に?」
享は嬉しそうに聞き返す。
「だって、思い返せば思い返すほど、ちょっと……色々考え方が違う人だったから、もう話もしたくないくらいだけどね」
「あ、そうか。そう言うこと……」
「他に何かある?」
「いや、ないよ」
微妙な気持ちではあったが、享はホッとしている自分に苦笑いした。
「そう言えば万年筆だけど、どんなのが欲しいの?」
「書き心地がなめらかな、少し太文字がいいかなと思ってる」
「お勧めある!」
「どんな?」
「セーラーのキャンディって言うの」
「え?キャンディ?」
「まあ、商品名?えっと、これ」
歩道の脇に人避けをした灯は、背負ってたDバッグから布製の筆入れを取り出すと中から、ピンクに白い水玉模様のキャップ付きのペンを出して、享に差し出した。
「これ?万年筆なの?」
「柄は色々、単色カラーもあるよ。何しろこれのすごいところは値段が安いのにカートリッジ式インクが使えるところ!しかもインクの色も選べるんだよ!ちょっと書いてみて」
灯はメモ帳を享に差し出した。
『こういうところは全く変わってないんだね。自分の好きなものを教えたがるところ』
亨は思いながらキャップを抜くと手持ち側に差し、メモ帳を灯から受け取ると左手で文字を書く。
「え?何これ?書きやすい……でも、インクがピンクだ」
「それは……」
『妄想日記用なんて言えない……』
「板書の整理した後、重要なところにマークするヤツで、インクは普通の黒も紺もあるから選べるよ」
「そうなんだ」
享はキャップを戻すと灯の万年筆を左手の上で親指と人差し指を使ってクルクル回してる。
『左利きのままなんだ?こっちにいた頃は右に矯正の練習してたのに……あっちは自由なんだね』何だか嬉しくなる灯。
「ねぇ、それってどうやるの?やり方教えて」
「ここじゃダメだな。必ず最初は落とすか飛ばすからさ」
「えー、何で?」
「だから、飛ばしちゃうから」
「そう、ふぅん」
「怒った?」
「そんな事で怒らないし」
「あかりん!本当に分かりやすい。変わってない、可愛い!」
「何言ってんだか!急ごう!私これから髪も切るんだから!!」
足早に先を歩きながら灯は思っていた。
『Tallだから、こんな風に出来るんだよ……Tallだから……自分を出せる』
灯のピンクのインクの万年筆で書いた日記帳は、今も享との想い出と妄想で埋め尽くされている、なんて口には出せなかった。
「あかりん、待ってよ!待たないと、これ貰っちゃうけどいいの?」
笑いながら享の声が追いかけて来た。




