第八十七話 Announcement of Progression Results.(進級判定発表日)
「え?何?」
暗闇でいきなり後ろから抱きしめられた灯は驚いたまま、ソファに誘導され享の膝にテーブルを前にして座らされた。
後から手を伸ばした享は、テーブルの上の切子ガラスの皿の上に乗せてあるピンク色のハートの形のキャンドルにマッチを擦って火を灯した。
そして……
「灯、今日は本当に美味しいご飯を有難う」
享はそう言いながら、灯の手首に細いチェーンを巻き付けた。
「何?これ?」
「ホワイトデーのお返し。ブレスレットだよ」
「え?また、こんなオシャレなものを……」
「この前のネックレスと同じシリーズだから、おまけみたいなもんだよ」
「おまけの訳ないでしょ!ティファニーってだけで充分お高いのに……またダイヤ入ってるし」
「ダイヤモンド バイ ザ ヤードって言うシリーズは灯に似合うと思って……ホットミルクに蜂蜜入れて作って待ってた」
「……ありがと」
キャンドルライトに照らされて、キラキラと光る灯の左手の手首に金色のブレスレット。
その左手に用意されたマグカップのホットミルクを手渡され受け取る。
カップを傾ける度にブレスレットが揺れ、煌めきを放つのに、見惚れる灯。
後ろから享が、肩に顎をのせながらお腹の辺りに手を回して抱きしめて、灯がホットミルクを飲むのを眺めている。
二人だけの静かの時が流れて行く。
キャンドルライトのムードのある甘い雰囲気にものの見事に灯はハマったと享は思っていたが、背中に享の温もりを感じながら、灯はいつも思っていた一つの疑問を投げかけた。
「そう言えば、Tallって何でホットミルクだけは発音、英語っぽくないの?」
「え?わかんない」
プレゼントを用意されていたことに、本当は嬉しかった灯は照れ隠しもあったが、もう一つ灯は常々、思っていた事を告げた。
「お腹に腕回して、私が太ったかどうか確かめるのやめて欲しいんだけど」
「バレてた?」
「うん」
享は、ちょっと苦笑いした。
翌日、進級判定発表日初日。
地方に帰省している学生以外は、この日に確認のため大学に登校する者が多い。
成績表は保護者宛に郵送される為、自宅でも進級如何は分かるのだが、少し時間がかかる為、早めに気を楽にしたいのだ。
灯は心配性なので享がいくら大丈夫だと諭しても、この日に見に行くことを譲らなかった。
午前十時頃、校舎前に行くと、学年ごとに学籍番号が記載された大きな模造紙が雨に濡れても大丈夫な様にビニールをかけられボードに貼り付けられていた。
手前が四年生だったが享は灯の手を引いて、迷わず二年生のボードの前に向かった。
「ほら、あった」
「良かった!」
「おめでとう、灯」
「有難う!Tallのお陰!」
「いやいや、灯の実力だよ」
二人のそんな会話を後方から聞いている、十数人の二年生候補達。
前に自分の学籍番号を確認しに行きたくても行きにくい。享と灯の穏やかなやり取りに、"まっ、いつも通りだもんなぁ、仕方ないか"と思っていた。
ところがその時、急に享が振り向くと
「あ、ごめんごめん!でっかいのが邪魔しちゃって、お待たせしたね。さあ、どうぞ場所を譲るよ」
話しかけられた方が恐縮するやら、顔を赤らめるやらと言う状況になり、
「と、とんでもございません!」
などと口々に言葉を放つ。
灯も慌てて、
「ごめんなさい!気になるのは皆んな一緒なのに、私、長居しちゃって。先に言っちゃうけど皆んな、また四月からも宜しくね」
と言うと享と笑顔で立ち去った。
「え?何で皆んな宜しくって?」
「なあ、何でだ?」
「あ、あれか」
各学年ごとの最下段に進級人数が記載されている。
二年生は入学時総人数と変わっていなかった。
そして享に手を引かれて四年生ボートに移動した灯達。すぐに享が言う。
「あった」
「早っ!」
「当然の結果だから心配した事もない」
「それは分かってるけど……」
灯は繋いでいた手を離すと享に向かって
「ご進級おめでとうございます。横溝先輩」
そう、言うとお辞儀をした。
言われた方の享は一瞬、天を仰ぐ。
そして顔を赤らめながら言った。
「灯にそんな風に言われると思わなかった……でも褒められたみたいで嬉しい」
「進級って、お祝いするくらい大事なことだから!さっきTallだって"おめでとう"って言ってくれて、私、嬉しかったし」
「じゃ、お祝いだね!……あ、実家に行く?」
「あ、それは結果報告が郵送で家に届いた頃にするよ。今日は二人でお祝いしよ!」
「そか、O.K.!」
「どんなお祝いがいいかなー」
灯は『こんなお祝いって!!ナシだろ!』と思っていた。
そのまま、何故か真っ直ぐ部屋に戻ると、いきなり享は自分が二年生だった時に学んだ講義資料をダイニングテーブルに広げると、いきなり講義を始めたのだ。
「灯、何事も最初が肝心だからね。先にこれから起こり得る事を知っていて損はないから、これは進級祝いの一環だよ」
「はい、有難うございます」
「ウカウカしてると、すぐ新学期だからね!」
「はい、分かってます」
楽しいお祝いを予想していた灯はちょっとガッカリした。
だが、こう言う時に逆らうと理詰めで何かしら反撃されるのを灯は一緒に生活する中で心得ており、またそれは間違ってはいない事も分かっていたのだ。
が、二時間ほど経った頃かインターホンが鳴り、受話器を取ると
「あ、はい。今下まで行きます」
享が慌てて玄関を出て行った。
しばらくすると何か大きな風呂敷包みを抱えて享が戻って来た。
「灯、遅くなったけどお昼にしよう」
「え?」
気づくと午後一時を回ったところだった。
「その包みは、まさか」
丸みのある形。
リビングテーブルの方で風呂敷を広げる享。
開いたその先には桶に入ったお寿司だった。
見るからに高級ネタの握り寿司がひしめき合っていた。
「Tall、これは?夢?」
「お祝いだからさ」
「うわー!!Tall大好き!」
抱きつく灯に享は笑いながら言う。
「さっきまで仏頂面してたくせに」
「だって、いきなり講義なんて始めるから……」
「ゲンキンな子だなぁ、まあ、早く手を洗っておいで、お吸い物とお茶を用意しておくから」
「はーい!」
特上寿司で、灯と享の"進級祝い"は始まった。




