第八十五話 White Day?(ホワイトデー?)
「あんな大きさの美味しいシュークリーム食べた事ない」
しばらく灯は口癖の様にバレンタインの享特製シュークリームを褒め称えていた。
「そんなに美味しかった?」
「うん」
「じゃ、White Dayのお返し楽しみにしてるね」
「え?」
「え?」
「……そうか……そんな行事もあったっけ」
バレンタイン自体、灯は享が引越してから全く関心がなかったので、小中高と教室で大騒ぎしている女子達を横目に小説を読んだりしていた。
その後にそんな行事がついて来ると言う意識がなかったのだ。
そして学年上がりの春休みは予習復習もしないので、毎日が日曜日の様な好きな時間に起きて寝ての暮らしに慣れてしまって、曜日も日にちも気に掛けていなかった。
気がつくと暦は三月に入っていた。
ひな祭りには、灯の実家に二人でご飯に招待され、久しぶりに灯の雛人形が陽の目を見た。
そしてホワイトデー。
この日、朝ごはんの後、灯は本当に困っていた。
『あげたいものが考えつかない……』
ダイニングテーブルに新聞を広げて悩む灯。
先月に似ているも違うパターンだ。
同じダイニングテーブルで、この前のものとは違う洋書を読んでいた享が少し笑いながら聞く。
「悩み事?」
「え?ううん」
「灯、分かりやすい」
「何が?」
「新聞、ずっと同じところを開いたまんまだし」
「え?じっくり読んでるだけだよ」
「株価を?」
「あ……」
「Coffeeでも飲みに行こうか?」
「あ、うん」
お馴染みの珈琲屋に行く事になった。
実は午前中の散歩は出かける時間は様々だが、続いていた。
線路が見える道を辿ってみたりして、だいぶ遠出になり、帰りは電車に乗って帰る羽目になった時もあった。
日常生活の中での二人の会話が、幼い頃の思い出やら、今の大学の学びのこと、お互い知らない中学、高校時代の話など、本当にまだまだ話し足りないほどにはずむからだ。
それでも日吉までさすがに歩きでは遠すぎる。
帰りに食材の買い物を考えて電車で向かうことにした。
たまに灯は享にまだ肩車もして貰う。
享の方の上からの見晴らしは、いつも見ている世界と違う。
ちょっと気分が変わるのだ。
乗せてる方の享も楽しいらしく全く嫌がらない。
はたから見ると、変わり者扱いもされるが、そんなこと二人が楽しければ、どうでも良かった。
大学が近いこともあって日吉ではまだして貰った事がなかった灯は享に住宅街に入ってから少しの間だけ肩車をおねだりした。
珈琲屋。
「こんにちは」
「相変わらず仲がいいね!肩車なんかしちゃって!いらっしゃい」
灯が『見てたんだオーナーさん』と照れながらオーダーする。
「邪道で申し訳ござらんがカフェ・オ・レをお願いします」
「マスター、僕はいつもの」
「はいよ」
しばらくしてマスターが、"享オリジナルブレンド"とカフェ・オ・レを運んで来た。
「はい、お待たせ」
灯の前にカフェ・オ・レを置く。
「いつもの通り、いい香りです!」
「それは嬉しい褒め言葉を有難う」
そして享の前にブレンドコーヒーを置いた。
享オリジナルブレンドは、享の考えた調合でコーヒー豆を挽いたもので入れた珈琲だ。
ちょっと前から店で出してもいいかマスターから享は打診され、O.K.を出していた。
「享には、キックバックしないとだな」
「え?」
「このブレンド、人気なんだよ」
「この味がって事ですか?」
「ネーミングもかな?」
「じゃ、それはマスターの腕でしょ?」
「いやいや、ほら、いつも君が呼んでるから」
「はい?」
「Flameにしてみたんだよ」
「え?Flameですか?……」
享の顔が赤くなるのを見て灯がマスターに聞く。
「どう言う意味なんですか?」
「あかり」
「え!?」
「小さな灯……ともしびって感じだね」
笑いながらマスターはカウンターに戻って行った。
「何か恥ずかしいんだけど……」
「いや、マスターの趣味だけど……ってごめん」
「名前をそのまま呼ばれてる訳じゃないし享は別に悪くないし……何か考えてみたら、ちょっと素敵なネーミングかも」
「確かに……」
「一人で飲む珈琲って感じ」
「そうだね……このブレンドをマスターに作って貰う様になった時、僕も一人でいつも飲んでた」
「いつから?」
「大学入って、すぐからかな」
「一人で……」
「今は違う。二人だ」
「そうだね……二人だね」
しばらく静かにお互い珈琲を楽しんだ。
帰りがけ、マスターが会計をしてる享に話しかけた。
「享、とうとう最終学年だな」
「はい、まだ試験判定が出てないんで分かりませんけどね」
享は笑う。
「君はさ、僕が見て来た学生の中でも一番礼儀正しく、一番優秀だよ。あっという間の三年だったんだから、残りが、後一年と思うと寂しくなっちゃうなぁ」
「まだFlameがいるんで、まだまだ来ますよ」
「あっ!そっか、そうだな」
灯が頬を赤くして笑った。
享がやけに明るく話す時に限って、その約束は守られるのか?と思う。
ちょっと灯は不安にだった。
帰りがけ、電車の中で灯が享に話しかけた。
「今日の夕ご飯、私に作らせて」
「え?」
「この前のシュークリームのお返しに」
「へぇ、嬉しいな。久々に灯の料理が食べられるんだ」
「Tallが過保護だから、料理すらやらせてくれなかっただけで、本当は得意なんだからね」
「うちの鍋とか重いものが多いから、フライパンと片手で持てるか心配になっちゃうんだもん」
「大丈夫!意外と力持ちだから」
「で、何作ってくれんのかな?」
灯は満面の笑みを浮かべて答えた。
「餃子!!」




