第八十四話 Too adorable!(可愛すぎる!)
ソファに座りながら、ホットミルクを飲む二人。
「こんな夜中にこそこそ何してんのかと思った」
壁時計を見ると午前二時を少し回ったところだった。
『あれ、そうすると、もう今日バレンタインデーなんだ!』
灯がニヤけるのを享は見逃さない。
灯からカップを取り上げると、抱き寄せて横向きで膝に乗せる。
「何で笑ったの?今日、じゃなくて、昨日何かいい事でもあったの?」
「何もないよ」
「じゃ、何で昨日の帰り、バイクのエンジン温まってたの?」
「え?」
『うわー、そんなことまで気づいてたのか?なんだコイツ。まじ怖い』
灯は汐恩譲りで、ちょっとお口が悪い。
「今、何でそんなことまでって思ったでしょ?」
「え、そんなこと思ってないよ」
「じゃ、図書室にいないで、司書さんまで取り込んで、どこに行ってたの?」
『うわー、それも気づいてたのか!』
灯の声がうわずった。
「どこ?って」
「お願いだから、心配させないでよ」
「心配させたくは無かったけど……一人で買い物がしたくて」
「一人で買い物?何で?どうして僕が一緒じゃダメなの?」
「Tallだってクリスマスプレゼント私が知らない間に一人で買い行ったでしよ?私は元々Tallが好きな色の毛糸を持ってたからマフラー編んだけど」
「ん?そうか……僕に内緒って事?」
「……」
「正解?」
「正解」
「それって何?」
『バレンタインデーって、そちらが元祖じゃないんですか?』と灯は思いながら
「バレンタインだよ」
「あ!それな」
「それなって」
「だって、それ女の子から好きって告白する日じゃないの?」
「そこは日本人なの?」
「え?」
「欧米では、男女問わずカードとか花束とか送り合うって習慣があるって言うから……私はTallに、お世話になってるからと思って」
「Present用意してくれたんだ?」
「うん」
「僕に内緒で」
「うん」
「心配させて」
「……うん」
「風邪ひいたフリまでして」
「う、うん」
「じゃ、ちょうだい」
「でも、まだプレゼント用に包んだりしてないし」
「そのままでいいから、灯がどんなもの用意してくれたのか、早く見たい」
「んー……ちょっと待ってて」
ベッドルームに入ると灯は、タンスの引き出しからバイク用手袋を出してリビングに戻る。
「えーと」
後ろ手で持ったまま、モジモジする灯。
「後ろに持ってんの?」
享は立ち上がって灯の背中側を覗こうとした。
「ちょっと待って」
「嫌だ」
「ちょっと」
逃げる灯。
追う享。
「きゃっ」
灯はすぐに捕まって後ろから抱きしめられて、そのままソファに一緒になだれ込んで座る。
灯の両手には、黒いバイク用手袋が握られている。
その両手に重ねる様に享が自分の両手で、灯の手のひらを開かせた。
「え!あそこまで一人で行ったの?」
「ごめんなさい」
「あ、いや、怒ってる訳じゃない。だけど、それは……」
「心配って事だよね」
「うん……でも嬉しいよ。あの時のこと覚えててくれたなんて……有難う。ちょっとはめていい?」
「うん」
享に灯はまずは右手を渡す。
渡された享ははめてみると、思いっきり開いたり握ったりしてる。
次に灯は左手用を手のひらの方を上にして享に差し出した。
受け取ったまま左手にはめる享。
右手と同じ様に開いたり握ったりして、着け心地を確かめながら、気づく。
「Heart」
「受注だったら黒の手袋を色糸で縫い上げて貰えたりするみたいなんだけど、時間がかかるって言われて……既製品だと単色しかないって」
「それで、ここに僕の瞳の色?」
「うん、Tallだけの……にしたくて」
「灯!」
「きゃ」
ものすごい勢いで抱きしめられて思わず灯は息が止まるかと思った。
「Kadoyaのバイク用手袋にHeartつきなんて、他にないよ!」
「気に入ってくれた?」
「可愛い!可愛すぎる!」
「そんなに!?」
「何言ってんの?灯がだよ!内緒で用意してくれた上に、Heartまで……」
再び、力いっぱい抱きしめる享。
「Tall、く、苦しいよ」
「あ、ごめん」
「渡せたら安心しちゃって眠たくなって来た……歯磨きしなきゃ」
「そうだね、歯磨きしよう」
「あ、それ外しなよ、濡らさないでね」
「うーん、外したくない」
「ダメだよ!外して」
「うーん」
しばらく、その問答は続いた。
そして灯が次に目を覚ますと、時はもう昼近くになっていた。
洗面所で顔を洗ってからリビングに向かうと、既にドアを開ける前から鼻をくすぐる甘いバニラの香りがする。
「おそよう」
享は少し遅めに起きた朝は、いつも早いを遅いにもじって、そう言う。
灯もそれに応える。
「ん,おそよう。何だかいい香りだね」
「昨日、買い物行った時、実はバレンタインの用意してあった」
「え?」
「でも、僕の場合はオーブン使うから、内緒は出来ないなぁって思ってて」
「オーブン?で、この香り?」
享が鍋を指差し
「香りの元はこっちだな、今冷ましてるところ」
と言うので、灯は覗きに行く。
「何これ!?こんなにたくさんのクリーム」
「Custrd cream」
「もしや、シュークリーム?」
「正解!」
「神!」
「灯、昨日さ、嘘風邪のせいでお風呂入ってないじゃん。温まって来たら?その間にお昼ご飯作っておくから」
「あ、はい」
『嘘風邪……って、それはそうだけど……Tall,やっぱり優しい!好き!!カスタードクリーム、あんなにたくさん!!嬉しい……』
念願の享特製シュークリーム出現までのカウントダウンが灯の頭の中では、既に始まっていた。




