第七十八話 A Decision for Two.(二人の決断)
灯が目を覚ました時、享の肩越しに腰高窓のレースのカーテンから透けて夕焼けが広がっているらしい事は分かった。
と言うのも目の前にいつもの享の優しい瞳があったからだ。
「おでこ、くっついてる……ふふ」
灯は、この状況を笑った。
享は享で
「灯の目が覚めたら、すぐこうする為に待ってた」
甘い雰囲気の口づけを灯にする。
「ん!」
灯がちょっと怒った様な声を上げた。
「どうした?」
享が慌てて問い返す。
「Tall!あんなにうるさく言うくせに歯磨きしないで寝たでしょ!」
「え?」
「エッグベネディクトの匂いがする」
「あ……灯をベッドに運んで、そのまま一緒にちょっと寝ちゃって……ははは」
「ズルい」
「ごめんなさい。以後、気をつけます」
二人の間に笑いが戻った。
享は思う。
やはり灯は自分にとっては太陽の様に明るく元気をくれる存在で、また月の様に静かに心を穏やかにしてくれる存在でもある。
灯から、また離れてしまうなんて、とても考えられなかった。
だが、龍馬に言われた通り"灯の気持ち優先"だ。
「ちょっと話ししよっか?」
享はリビングに灯を誘った。
灯はパジャマの上に家用に使っているカーディガンを羽織る。
享がうるさいので靴下も履いた。
リビングのソファに座っている享の横に、ちょこんと座った。
「あ、そうだった。何か飲まない?」
「飲みたい」
「何がいいかな?ミルクティー?」
「うん」
「じゃ、ちょっと待っててね」
いつもの享の落ち着きが感じられない灯は少し不安だった。
今日の出来事で何かを考え出したに違いない。
その考えがもし……灯自身と異なっていたらと思うと……正直、悲しい。
それでも享は灯の意向を聞いてはくれるはず、そう思うながらミルクティーを待った。
享の作るミルクティーは、直接ミルクに煮出すチャイ作りに似たやり方だ。
最後に少し蜂蜜をたらす。
濃厚なコクと甘味が濃いのが特徴の茶葉、アッサムを使う。
しばらくすると部屋中がアッサムとミルクの混じり合った優しい香りが漂って来た。
「はい、どうぞ」
「有難う」
猫舌の灯にはマグカップの半分ほどの熱めのミルクティーが入っている。
最初から緩いのを嫌がる灯は冷ましながら少しずつ飲む。
享が隣に座って、マグカップを傾けながら話し始めた。
「あのさ」
「ん?」
「今日の事なんだけど……」
「うん」
「いい事と悪い事が分かった」
「え?いい事と悪い事?」
灯はマグカップをテーブルに置いた。
「どう言う意味?」
「どっちから聞きたい?」
「どっちでもいいから分かったこと教えて」
享もカップを置いて、少しお互い向き合う様に座り直したところで、灯の両手を包み込む様に、享は自分の両手で握った。
「学長代理室に盗聴器が仕掛けられてた」
「と、と、盗聴器って?」
「誰かが仕掛けて、僕達の……いや、学長代理室での会話を盗聴してたと言うことだよ」
「私達の話も聞かれてたって事?」
恐る恐る灯は聞いた。
「そうなる。でも今日の噂話については……ごめん、僕のせいだ」
「どうして?」
「冬休み前に、オッさんにクリスマスパーティーとプレゼントの相談に乗ってもらったから」
「それが、噂話になった」
「うん、もう盗聴器は取ったし、でもあそこでは、そう言う話をしないことにした」
灯は頷く。
「あと、ここには盗聴器はなかった。安心して」
「うん」
「ここまでは、まあいい話」
「ここまでが……いい話?」
「そう、どうしてか?と言うと、盗聴器を仕掛けられた意図と誰が仕掛けたのか?が分からないこと」
「それが悪い話……」
「それで……これからのことなんだけど」
「やだ!」
「まだ、何も話してないよ」
「やだ!Tallと、一緒にいたい」
「灯は勘が良すぎる」
享は、川端に何と頼み込んで信用出来るシークレットサービスを紹介してもらい、灯に護衛を付けて離れて暮らす方がいいかもと思い始めていた。
「絶対、守ってくれるって言ったよね?離れないって言ったよね?」
泣きながら享の顔を見上げて訴える灯。
「私のこと嫌いになった?」
「まさか。毎日毎日、好きが増えてるくらいだよ」
「なら、約束守って」
「……かえって怖い思いをまたさせるかもしれないことが心配なんだ」
「Tallが、その度に匂い嗅がせてくれたら大丈夫だから……」
享は灯を抱きしめる。
「匂いなんて、いつでもどこでも嗅がせてあげるから……じゃ、僕に守らせてくれるんだね?」
「うん、じゃなきゃ嫌だ」
「分かった」
お互いの温もりを確かめ合う様に抱き合う二人。
ところが、この後、不思議なくらいに何事も起きない毎日が過ごせる様になるとは思ってもみなかった享と灯だった。




